フェイク×前鬼

□傷に染みます
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名無しさんside



滅多に着ないスーツに身を包み、家の鏡を覗く。久々だったから心配してたけど……



『着れて良かった……。』



鏡の向こうの自分は

少し、疲れてるみたいに見えた……



『しっかり、しないと……。』



蓄積される荷物はじわじわ身体と心を蝕んで、積み上げた壁を脆くする


頬をつまんで笑顔を確認……


大丈夫、ちゃんと笑えてるよ?
綺麗に張り付いた自分の仮面を確認して、消えない不安を掻き散らす。


どうしても忘れられないから
持ち歩く薬を今日も鞄に詰めて



『いってきます。』



誰もいない部屋に声をかけた











月曜日、朝の駅は俯く人の群れで溢れてて……どこか殺伐としてる
そんな嫌な顔してまで足並み揃える群れはどこへ向かいたいのかな?



『……ふぅ。』



人並みを眺めるだけで、不安な気持ちが心の底でザワつく。



……大丈夫、だってば。



前「名無しさんっ!!」

『あ……。』



自分を鼓舞した時

群れを掻き分けて歩いてくる待ち合わせ相手。
前鬼さんを見つけた



前「おはよぅ。」

『おはよー!!』



昨日、あのまま帰ったから今日どんな顔したらいいか分からなかったけど……


よかった。

いつも通り、口元を吊り上げる前鬼さんにホッとしたの……



前「スーツ、似合うとるで?」


『ぁ、りがと。前鬼さんもね?』


前「せやろ!?でも屋敷でご当主らに馬鹿にされてん!!」



ポケットに手を入れて不満そうな前鬼さん。

黒のスーツ姿。
背広をビシッと引っ張って



前「似合うとるやろ!!?」

『……。』



なんて、どや顔でわざわざ確認してくるから……



『ふふっ!!似合ってる似合ってる!!』

前「なんで笑うんや!!やっぱ可笑しいか?」

『いや、大丈夫だよ!』



あまりに変わらないから、ホッとし過ぎちゃって……。不安そうに髪を掻く前鬼さんが、なんか可愛い。


大丈夫、本当に似合ってるよ?

朝の駅
こんなに人がいても、遠くからやってくる貴方がすぐに分かったもん。
人目を集めるし……



『………。』



まじまじ、前鬼さんを見つめる。


うん、凄く……似合ってる。
黙って眺めるだけで、眼の保養になるなぁ……



前「……ん?」

『……っ!!』



私の視線に気づいて振り向いた前鬼さんに、目が合ってドキッと胸が鳴る。



『ぁ……スーツ、着なれないからなんかしっくりこないね?』



慌てて話題をつくるけれど



前「………。」

『ぇ……?』



じぃっと私を見つめる前鬼さん。
1度鳴った心臓が騒ぐ……



前「体調悪いんか?」

『………。』



前鬼さんは、鋭い……。



『大丈夫だよ!マニュアル覚えてて寝不足なだけ!』


前「そか?無理したらアカンよ?」



前鬼さんに嘘を通すことは出来るかなぁ?それが一番の不安かも……



『前鬼さん、お父さんみたいになってるよ……?』

前「なっ!!?オトン!?なんでやっ……!!」


『ふふっ。さぁ、行こう?』



オジサンと一緒にされたのが嫌だったのか、しゅんとしちゃった前鬼さんと駅構内へ向かう。



『………。』



人が沢山いる群れの中へ
不安を押さえながら足を踏み入れた



ーーーーー
名無しさんside



ガタン、ゴトン……


電車の揺れに合わせて車両に詰められた人も揺れる……



『………。』



椅子をゲットし損ねた私達も、同じ様に揺れる。あまり乗らない電車の揺れに身体が上手くついていかない



前「名無しさん……ふらっふらしとるな。」


『あんまり、電車乗らないから……』



こんなに揺れた、かな?
吊革が思ったより位置が高くて手を伸ばせない……



『いいね、前鬼さんは背が高いから……』

前「んぁ?」



吊革どころか、軽々そのパイプを掴んでる前鬼さんを見上げる。
羨ましい……



前「名無しさん、ちっこいからなぁ」

『ちっこくない!!前鬼さんが大きいのよ……』



満員電車の中でも、前鬼さんは人目を集めてる。


……無理もないかな?


通勤途中のお姉さま方には、ちょっとした癒しと保養になってるだろうなぁ。



ここまでは、なんとか来たけど……
問題はここから先。



キキーーッ

『わっ……!?』



ホームへ止まる電車のブレーキに足元をふらつかせる私



前「……っと。」



……を、前鬼さんが受け止めてくれた。



前「大丈夫か?」

『ごめん、ありが……』



ホームに止まり、電車の外の景色に身体が硬直した。
ホームには、電車の扉が開くのを今か今かと待っている人の群れ……



前「ぅわっ、こんなに乗ってくるんか……」

『………。』



大きな駅だから、ある程度は予想してたけど……ドアの向こうには無数の頭……


まさかこんなに、とは……



『……っ。』



人の群れから、目をそらせない。


電車みたいに人が詰め込まれる場所は苦手……。人も多いし、中々出る事が出来ない閉ざされた空間、どうしても周りの人と身体が触れてしまって


………怖い。


ドクッと嫌な脈が巡る。



前「名無しさん?どしたん?」

『ぁ……な、んでも。』



大丈夫。

大丈夫だよ。


"名無しさん"ならきっと
閉ざされそうな空間、どんなに逃げたくても……逃げちゃいけないんだ。



ゆっくり開く電車のドア



『………っ。』



乗り込んでくる人の群れ。
通勤途中の人の腕が肩に触れて、鳥肌がたつ……


それでも



もぅ、戻れない……。



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