フェイク×前鬼

□鏡よ鏡。貴方はどちら様?
1ページ/2ページ

名無しさんside



いつも踏み出せない一歩。
もしかしたら、大きな一歩かもしれないし
半歩にも満たない微々たるものかもしれない。


どれにせよ、踏み出せずにいたのは確かで
"貴方ならいいよ"
そう思えたのも初めてで……






だからと言って、私の何かが大きく変わる事はない。変えられるとも今更思ってない。




店「名無しさんさんインカム取れますか?」



取りたくない。
そう思いながら



『大丈夫です。』



インカムに答える。



店「前鬼さんと二人で事務所に来てください。」


前「了解。」

『了解しました。』



そういわれた時から、嫌な予感しかしなかったのよね………


前鬼さんと二人で事務所の扉を開ける。




『研修会……ですか?』


店「うん、本部でね!!」



ひとまず、店長の機嫌が悪くなかった事にホッとして考える。

本部、か……。
でもそれを私達に話すって事は……



前「俺らにそれに参加しろっちゅー事か?」


店「そう!!察しがいいねぇ!!」

前・名無しさん「………。」



……そりゃ、気づきますよ。
にこにこ、機嫌の良い店長。

嫌な予感は見事的中……



店「大したことやんないから!!マイクとか疑似接客するくらいだよ。」

前「俺なんかより、他に出来るやつおるやろ?」


『………。』



確かに、シフトの事でもそうだけど……
川さんとかりかさんとか、舞……だって。先輩はいくらでもいるのにな。


"舞"ってフレーズにチクンッと痛みが走る



店「舞さんには断られちゃったんだよね〜!!」


前「なら、俺も嫌や。」

『私も……。』



断れるなら、行きたくないに決まってるもの。面倒は少ない方がいい……


それに電車、は……。



店「まぁまぁ、前鬼さんは経験になるし!!名無しさんさんならこっちも安心だし!!」


前「んな事言うても……」


『店長……私、はちょっと……』



電車みたいに人が多い所は……
少し苦手。

でも、それを言うのも勇気がいるというか……



店「頼むよ〜!!名無しさんさんなら大丈夫でしょ?」


『いゃ……。』

前「………。」



電車、は本当に……



店「名無しさんさんが断ったら後輩の前鬼さんに示しがつかないでしょ?」


『そんな事言われても……』



舞だって断ったんでしょう?

それに私本当に……



店「ねっ!!?名誉挽回で!!」


『は………。』

前「………。」



名誉挽回って……
私がいつ、名誉を失ったんですか?





『……いつですか?』


店「来週の月曜日!!」



……それを聞いたんじゃないんだけど。


もぅ、仕方ないかぁ。














『前鬼さん覚える気ある?』


前「んな事言われてもなぁ〜」



ところ変わってファミリーレストラン。
前鬼さんと二人きり、マニュアルのコピーを広げる……いわば勉強会?


他の店舗からもスタッフは参加するみたいだから、恥はかけないって店長の考え。
結局私達は店長に押しきられてしまった……



前「名無しさんかて、やる気なさそうやんか。」


ドリンクバーのストローをかじってテーブルに肘をつく私を向かいから前鬼さんが見下ろす。



『やる気出してどうすんのよ。』



厄介事を押し付けられただけじゃない?
そう口にした私を前鬼さんはまじまじ見つめ……



前「名無しさんも……んな事いうんやな。」


『へ?』



前鬼さんの言葉に私はきっと間抜けな顔をしてるに違いない。



前「んや……いつも一生懸命やん。」


『そぅ……?』



心の中では愚痴ってばっかりの私は、前鬼さんにはそう見えてるのかな?
でもそれも……前鬼さんの中の私、で。

"名無しさん"ってフェイクなんじゃ?
そう考えると



『………。』



なんか、胸が痛い。



前「俺は、そっちの名無しさんのが好きやけどな。」

『……まぁた、さらっとそういうこと言う。』



お求めなのは、貴方もフェイク。ですか?



前「俺は嘘は言わん。」


『……そうですか。』



……じゃあ、本当の私はどうなるの?

なんて、期待しても




誰も求めちゃくれない。




『前鬼さんは、私を買い被りすぎ。』


前「そか?」


『そうだよ。』



本当の私は友達だった子の悪口だって言っちゃうし。自分で自分を好きになれない。
嫌いなトコばっかで、自分で信用できないのよ。
貴方はそれを知らない。



前「必死に走り回っとる名無しさんが好きや。」


『………。』



それは、フェイク?



前「でも無茶はアカンよ?」


『………。』



向き合った席から、手を伸ばした前鬼さんはわしわしと私の髪を撫でた。
頭がぐちゃぐちゃだけど……それより。



『前鬼さん、無闇に好きとか言っちゃだめだよ。』



世間のお嬢様は勘違いしちゃうよ?
貴方の容姿でその言葉は威力がありすぎるデショウ?



前「なんでや?」


『何でって……』


前「いけすかん奴にはすかんて言うで?」


『それもどうなの?』


前「くだらん嘘は言わん。」



嘘、ね……?

つかないで生きていける程、容易い世界には思えないけど……



『ぃぃな……』

前「………。」



なんて、少し羨ましく思ったりして。
まぁ…そんなタイプじゃないって事は自分が一番よくわかって……



前「名無しさんは不器用やからなぁ。」


『………。』



前鬼さんの声が

なんだか、心の隙間をぬって深い所へストン、と落ちる……



『不器用って……私が?』


前「そうとしか見えへん。」


『そ、か……。』



"名無しさんさんなら"

そんな声は嫌になるくらい聞き慣れたけど
"不器用"だなんて



『ふふっ。初めて言われた……』

前「……嬉しそやな?」


『さぁ?どうかな?』



つい、笑ってしまった私に前鬼さんが目を細める。はぐらかす私に



前「顔みとれば分かるわ。」



なんて、しれっと言ってくれちゃって……貴方が見てるのが私なのか、ワタシなのか


わかんなくなるよ……。



前「なぁ、名無しさん。休憩せん?」


『休憩する程、勉強してないじゃない。』

前「せやけど…なぁ〜……」



うん。どうやら彼は勉強は嫌いみたい。



前「飯行かん?」

『ぇ……?』



いつか

公園で聞いた台詞。


こんな綺麗な人にお誘い頂けるなんて、光栄なことだけど……"飯"って。


ここ、既にレストランですよ?



ーーーーー
前鬼side



淡い照明がほんのり名無しさんを照らす。



『ぜぇっったい、飲み過ぎないでね!!?』


前「わかっとるて!!」



気ぃ進まん様子の名無しさんをファミレスから引っ張りだして連れてきた行き付けのバー。
名無しさんはずぅっと飲み過ぎるな、の繰り返しや。



前「飲み屋来て飲むなって可笑しいやろ。」


『だって前鬼さん酔っ払うと面倒くさいんだもん。こないだだって……』


前「あ〜……。」



名無しさんが言うとるのは、俺の歓迎会の時の事やろな……あんまし覚えとらんのや。気ぃついたら、公園でコーヒー飲んどった……



前「大丈夫やって!!」

『本当〜?』


前「たまにはえぇやんか!!」



ファミレスでも良かってん。
せやけど……



『まぁ、いいか。レストランじゃ前鬼さん注目の的だったし……』


前「………。」



そら、な?俺は妖やしな。
せやけど、名無しさんかて……集めとったで?男どもの視線。

それが嫌やってん。
ここなら、隣同士座って話せるしな。



前「名無しさんも気分転換は必要やろ?」


『え?』


前「溜まってんちゃうの?ストレス。」


『………。』



最近、あんましスタッフの輪にも入ろうとせんし……舞の事すら避けとるみたいやったしな?

たまには息抜きせんと。



前「な?少しだけや!!」

『……もぅ。』



ふっと苦笑に近い笑みを漏らした名無しさん。



前「……おぅ。」



改めてメニューを見直す名無しさんを横目に頬杖つく。



『……何?ニヤニヤして。』


前「んー?何でもあらへん。」



やっぱし名無しさんの笑顔が好きやな、と思うて。



俺の想いは全然伝わっとらんようやけどなぁ……俺は嘘は言っとらんやろ?



.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ