短編

□121°
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 なんかもう何もかもがどうでもよくなっちゃったの!人生ってメリーゴーランドみたいなものだと思っていた。ぐるぐる回るメリーゴーランドは同じ景色を何度も見る。それと同じように同じような日常を同じ場所で過ごす。それが何回も何回も、何年も何年も続いて。それが当たり前だと思っていた。でも違ったの。ジェットコースターみたいだ。
 一年。私に残された時間はたったそれだけ。まだ二十四だよ?大学行って、院行って。これから就職して、結婚して、子ども作って……。それなのにそんな莫迦な。私は一人、ベッドの中で泣いた。誰かにバレないよう、声を殺して、静かに泣いた。泣いて、泣いて、決心した。好き勝手に生きよう。残りの人生。悔いがないよう、自分のやりたいようにやろう。誰かを傷つけても誰かに責められてもそんなの知ったこっちゃない。私の人生。自由に生きてやる。
 そうは言っても夢があるわけでなし。あっても一年で叶えられるわけないし。特別な趣味も特技もない。私がし出したのは男を弄ぶことだった。最低とかそんなの知るものか。残りの人生、遊びたくても金がないんだよ!使えるもんは使ってやる!気付けばキープは七人にも渡っていた。
 そうは言っても常に誰かしら遊んでくれるわけではない。社会人もいたし、夢を追いかけているような莫迦もいた。もっと遊んでくれる暇人いないかな。そんなとき、知人に誘われた合コンを絶好のチャンスと捉え、思い切って参加してみた。正直、イケメンはいないし、金持ちはいないし、特別面白い人もいなかった。でも、都合が良さそうな人はいた。彼は背が低くて、黒縁メガネはあたかも根暗です〜!て言っているようだし、服装のセンスもイマイチ。でも女の勘ってやつかな。コイツは都合がいい。そう思った。頑張って愛想良くしたし、気も利かしたし、それなりに好感度を上げたつもりだったけれど、むこうから動く気配がゼロだったからわたしから連絡先を交換してやって、結局告白までしてやった。これだからヘタレな男は全くもう!

 あなたは乗るだけでいい。もしかしたら少し待ったのかもしれないけれど、もう乗るだけでいいよ。あとは私が振り回してあげる。
「おいで」
 かわいがってあげる。私があなたのジェットコースターになってあげる。上へ、下へ、ぐるぐる振り回してあげる。

 やっぱり女の勘はよく当たる。彼はよく使えた。私が暇なときに連絡をとれば、いつでも会ってくれたし、お金も喜んで出してくれた。彼の第一優先は私だった。都合の良い彼は、私にとって恋人というよりは召使のようだった。最も、恋人というか八人いるキープの一人に過ぎないのだけれど。……でも第一優先が私、というのは悪い気はしなかった。
 面白くないし、ダサい。でも都合の良い彼は本当に色々な場所に連れて行ってくれた。どうでもいい面白くない人と一緒なのに何処へ行っても楽しくて、何もかもが美しく見えた。もしかしたらこれらを見るのは最後かもしれない、そう思いながら見ているからかな。私が綺麗ね、と言うと彼は必ずそうだね、と言って頷いてくれた。おそらく彼は本当に同意なんてしていないのだろう。余命宣告を受ける前に私がただの日常、と思って素通りしていた景色。先が長い彼はきっとそれを綺麗とは思わない。
 全ての物が輝いて見えたけれど、子どもだけは別だった。ううん、正確に言うと輝いていた。眩しすぎるほどにね。そう、眩しすぎたの。子ども達の目には何もかもが輝いて見えている。でもそれは私の目に何もかもが輝いて見えるのとはちがう。子ども達には輝いた未来があるけれど、私にはそれがない。私は一体どんな表情で子ども達を見ていたのだろう。羨望の眼差しだろうか、それとも憎悪?いずれにせよ、無意識に目で追っていたのだろう。そんな私に彼は子どもが好きなの?と尋ねてきた。別に。好きでも嫌いでもない。でもそのときの私は何故か首を激しく振った。そして一言。子どもはいいなと呟いた。その一言が全てだったのだろう。そのあと彼は子どもが欲しいの?と尋ねてきた。いきなり何を言っているのだろうこの男は、と思ったけれど、すぐに思い直した。そうだ、私達は恋人同士なんだっけ。……子どもかあ。悪くないわね、と私は言った。うん、悪くない。私が生きたという証ができるのなら……。そう思って彼と一夜を共にしたけれど、莫迦だったことに気付く。余命一年。ううん、もう一年もないのか。私に、子どもなんて産めるはずがなかったのだ。

 ピタリと止まって冷静になった。ううん、正確には動いている。ゆっくりとね。全てを察せるほど冷静になって空を見る。きっと私は彼を突き落とす直前にいるのだろう。
「おいで」
 かわいがってあげる。…なんてね。一体どっちがかわいがってもらっていたのだろう。振り回したジェットコースターは私。でもかわいがってもらったジェットコースターも乗客ではなく、私。

 私は絶望した。自分が情けなかったし、何故かわからなかったが、彼に申し訳ないと思った。こんなに尽くしてくれたのに。つまらない、ダサい人だったけれど、尽くしてくれた。なのに、私は彼の時間と金だけ分捕って何も返してあげられない。他の七人のキープも同様に。そうして生まれたのは罪悪感。どうしたらいい?謝る?今更?許してくれる?残り一年弱で私は何ができるかな?泣いて、泣いて、泣いて。声を殺すのも忘れて泣いた。私は彼に全てを打ち明けようと決意した。
そして翌日に、彼と喫茶店で待ち合わせをした。彼はどんな顔をするのだろう。どんなことを言うのだろう。私を、受け入れてくれるかな……?けれど、そんなことを考えるのは無意味だった。私は彼に、真実を打ち明けることさえ叶わなかったのだから。

「おいで」
 かわいがってあげる。ううん。私は彼をかわいがっていなかったし、彼も私をかわいがってなどいなかった。

 彼は会うなり別れ話をし始めた。理由は言わなかった。私も聞かなかった。ただ当然だと思った。私は彼をずっと騙していたのだから。彼がそれに気付いたのか、或いは私の何かに嫌になったのか。理由はわからない。ただ私と彼はもう終わり。それだけ。
 初めて彼とデートに行ったのは遊園地だった。そのとき乗ったジェットコースターの名前はなんだったっけ。世界一の百二十一度の角度を誇るあのジェットコースターの名前は。
 そうだ、高飛車。
 高飛車。私と彼はまさにそのジェットコースターのようだった。ジェットコースターの待ち時間のように彼に出会うまでの時間は長かったけれど、乗車時間はあっという間。ぐるぐるぐるぐる私が彼を振り回した。そして頂点に達したとき、落ちていくのだ。百二十一度もの角度のせいで先が見えない。私はこれからどうなるのだろう。わかるのはただ、落ちていくということだけ。私達は先が見えないレールをただ落ちていく。 


END
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