短編

□平和
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 美代が家に帰ると、母ちゃんは美代を強く抱きしめた。
「母ちゃん? どうしたの?」
 母親の突然の行動に美代は戸惑った。しかし、母親の行動はとても嬉しそうだった。
「お兄ちゃんが戦争に行かなくて済んだの!!」
 そう言い、お母ちゃんは嬉しそうに笑った。美代もお母ちゃんが笑ってくれたことが嬉しくて嬉しくて仕方なく、笑った。
 美代が祖母に今日川であったことを話すとお婆ちゃんは「ありがたや。ありがたや」と言い、手を合わせた。美代も祖母の真似をして、「ありがたや。ありがたや」と言った。
「日本には神様がいるからね。だから日本は絶対戦争で負けたりなんかしないよ」
 美代はそう言うお婆ちゃんの顔をじっと眺めていた。









































 暫くし、美代は東京から長崎への疎開が決まった。戦争がだんだんとエスカレートしていき、東京では頻繁に爆弾が落とされるようになったからだ。母ちゃんは美代に何とかして生きて欲しいと思い、遠い長崎にいる親戚に美代を預けることにした。
「嫌だよ、お母ちゃん! 私ここにいる!」
「お願い、美代。わかって。傍にはいられないかもしれないけど、お母ちゃん、美代のこといつも思っているからね」
 お母ちゃんは泣く美代の頬に触れ、涙を拭う。そして、優しく美代の髪を撫でた。
 それでも美代は泣いて、泣いて、母から、祖母から、兄から離れたくない! と泣き叫んだ。それでももその叫びは虚しく、風によってかき消されてしまうのだった。
「美代、お前神様に会ったやんけ。ほなら大丈夫やん。心配すんなし」
 美代の祖母は結婚するために上京してきた。そのため、方言が凄かった。
 美代は祖母に言われた言葉で神様のことを思い出した。そして、同時に思った。神様がいるなら、何故私達家族を引き離すのか、と。美代はあの神様は本物じゃなくて、ただの偽物だったのではないかとさえ考えてしまった。もし、本物なら神様を恨んでしまいそうだった。
「それでも…私、嫌だよ! 私、死んだっていい!! お母ちゃん達と離れて一人になるくらいなら死にたい…!」
 その時だった。パシンという大きな音が響いた。美代の頬に激痛が走る。美代は自分が一瞬何をされたのか、わからない、という表情をした。しかし、頬を触ると、ひりひりしたため、ようやく自分が何をされたのかを理解し、大声で泣いた。
 美代を叩いたのは母親だった。母親が美代に手を挙げたのは初めてだった。
「馬鹿なことを言うんじゃないよ…!! 私が、一体どんな想いで…。」
 そう言う母親の目は涙目で今にも泣きそうだった。それを一生懸命ぐっと堪えていた。お母ちゃんだって、美代と離れたくないのは当たり前だった。しかし、美代はまだ子供だった。
「お母ちゃんの馬鹿! お母ちゃんなんて、お母ちゃんなんて…! 大嫌い!!」
 その時の母親の表情を想像できるだろうか…? 母親は遣り切れない気持ちでいっぱいになった。辛い。悲しい。寂しい。悔しい…。母親は必死に涙を堪えた。
「ああ、そうかい。なら、ここにいるより、長崎にいた方が幸せだろう?」
 そして、五月。美代は長崎へと旅立っていった。長崎へ向かう乗り物の中で美代はほっぺたをうんと膨らませ、顔を赤くしていた。目は涙目だった。そんな状態で美代は呟いた。
「…神様の、嘘吐き」


































































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