短編

□幸せなこと。
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 保育実習の内容は、一言で言えば、育児と遊ぶこと。私は運動部に入っていたし、体力には自信があった。一方、楓は文化部だったから、「大丈夫かなあ?」と自信なさげだった。一通り自己紹介をし、外に出た。
「じゃあ、お姉ちゃん・お兄ちゃん達に遊んでもらいなさい」
 そう言われた途端、育児達がわーっと集まってくる。が、私のところには誰も来ない。反対に楓のところには沢山の子どもが集まっていた。…羨ましい。
 子どもと遊ばなくては実習に来た意味がない。私は仕方なく、楓のところに集まった子ども達に混ざって遊ぶことにした。
「じゃあ、何しよっか?」
 子どもの目線になるよう、しゃがみ込み、楓が子ども達に尋ねる。なるほど、子どもの目線になるといいのだな! そう思い、私もしゃがみ込んだ。認めたくないんだけど、私はクラスで1番背が低い。だから、自分より小さい子の接し方が下手くそなのかもしれない。そういえば、背の高い男子は怖くて、しゃがんで話してくれないかなあ…といつも思ってるしな。
「うーんとね…」
「おにごっこ!!」
 一人の子がそう言い、みんなで鬼ごっこをすることになった。
「じゃあ、誰が鬼やろっか?」
「んと、ねぇ…」
「おねえちゃん!」
 そう言い、指名されたのは楓ではなく、私。「え?」と思わず自分を指さす。
「じゃあ、十秒後に鬼が来るよ!!」
「わあああっ」
 楓がそう言うと、みんな一気に逃げ出した。「ちょっと待て!」なんて言う暇さえ与えてくれない。まあ、こうなったら仕方ない。私は十秒を数えると、子どもたちを追いかけに行った。
 しかし、私が子どもの近くに来ると、子どもたちは「たんまっ!」と言って腕を胸の前でクロスさせる。どうやら、「たんま」の間はタッチしてはいけないらしい。仕方なく、他の子をタッチしようと追かけるが、追いつかれそうになると、「たんま」をしてしまうため、なかなかタッチができない。楓をタッチするか…と思うが、それでは子どもと遊んでいる意味がない。そして、終いには全員が「たんま」と言っている。というか、「たんま」って時間無制限なのか!? 最強じゃないか! というか、これじゃ鬼ごっこの意味ないじゃないか!
「たんまのままね、動いてもいいんだよ!」
 それじゃ、本当に最強じゃないか!為す術もない。ついには楓まで「たんま」してしまうので、鬼ごっこはこれ以上やっても意味ないな…。子どもたちも「たんま」鬼ごっこに飽きたようで、次は「ブランコに乗る!」と言って駆けて行った。全く、元気なものだ。
 ブランコ、ジャングルジム、鉄棒、シーソー…。子ども達は次々と遊ぶものを変えていく。これは、流石に疲れる。楓には悪いけど、外の子ども達は任せて、部屋に入る。まあ、子ども達は私には興味なんてなく、楓の手を握り、引っ張って行くから、私は子ども達の後になんとなく付いていく形で、変だったから、仕方ない。



*


 部屋にいる子は絵を描いたり、積み木で遊んだり、本を読んだりしていた。こっちの方が楓って感じだけど、楓は好かれてるみたいだから、仕方ない。
 私が来ると、子どもたちはぱあ、と目を輝かせ、集まってきた。おお、こっちでは好印象!嬉しいものだ。
「おねえちゃん、だっこ!だっこ!」
 そう言って抱っこをせがまれ、だっこをする。思ったより、重いけど、大したことはない。何気にこっちの方が体力勝負かも?楓は外で正解かもしれない。
 そのあと、何回抱っこしたのかは分からない。
 それから、子ども達はそれぞれ絵を描いたり、積み木で遊んだり、本を読んだりして、あちこちで「おねえちゃん、おねえちゃん!」と呼ばれた。「おねえちゃん」と呼ばれたはあっちへ行き、こっちへ行き、何気に大変だ。話の途中で次の話が飛んでくるのだから、どうしたらいいのかわからない。「順番ね」と言って優しく頭を撫でると、素直に頷き、待っててくれる。何気に大人だ。助かる。ちゃんと待っててくれたらうんと、褒めてあげる。さっき、楓がそうやって子ども達と接していたのだ。私だって少しは学習能力があるのだぞ!
「おねえちゃん」
 服の裾を掴まれ、振り返ると、“ゆい”と名札に書いてある女の子が立っていた。髪の毛を二つに結わえ、まつ毛が長く、目がくりくりしていて、とても可愛らしかった。
「どうしたの?」
 さっき楓がやっていたように、女の子と同じ目線になるようにしゃがみこんでから尋ねる。
「あのねぇ、ゆいのパパ、いつもいないんだよ」
 子どもは何故、そんな話を始めるのか、私にはよくわからない。ただ、今日ここに何時間か過ごして、子どもの話を聞いていたけれど、会話が本当に飛び飛びだった。だから、この子がお父さんの話をするのも大した理由はないのかもしれない。この間の親父との喧嘩を思い出し、少し複雑な気持ちにはなったが、ゆいちゃんの話に耳を傾けることにした。その頃、ちょうど外で子どもと遊んでいた実習生が戻ってきて、さっきよりは手が空くようになっていた。
「ゆいのパパねぇ、とおいところでおしごとしてるの。だからね、ゆいがねんねするときにも、あさおきたときにも、パパ、いないの」
 そう言い、しょんぼりと顔を下に向けた。私はゆいちゃんの頭を優しく撫でて、「そっか」と言った。こんな小さい子が、お父さんに会いたくても、会えない。それはどんなに寂しいのだろうか…。よく考えてみれば、ここは保育園なのだ。親が働いているから、子どもは預けられている。幼稚園にいる子と比べたら親といる時間はよっぽど少ないんだろう。…それなのに、私は…。
「ゆいちゃんのお父さんは凄いんだね」
 毎日、お父さんに会えて。朝起きたら、お父さんがいて。夜寝る時にはお父さんがいる。少し口煩くて、嫌になってしまうこともあるけれど…。
「ゆいちゃんのお父さんはね、ゆいちゃんのこと、大好きだから、ゆいちゃんのためにお仕事頑張ってるから、お父さんのこと、嫌いにならないでいてあげてね」
 それって、すっごい幸せなことなんだ。
『大嫌い!!』
 こんなこと、私が言えないけど、どうか。ゆいいちゃんは、お父さんのこと、いつもいつも好きでいてあげて。決して、私みたいに“嫌い”なんて言っちゃいけないよ。
 心の中で、ゆいちゃんにそう言った。伝わったかはわからない。だけど。
「うん!」
 ゆいちゃんは笑顔で元気に返事をした。良かった、と思った。きっと、この子はお父さんに“嫌い”なんて言ったりしない。絶対に。いつか、この子は大きくなって、今日の日のことは忘れてしまうけれど…。それでも、きっと、ずっと、お父さんが大好きでいる。保障、なんてないけど、でも、そう思うんだ。これは、きっと確かな、確信。
「こないだね、ゆいのパパ、いちにちだけだったけど、かえってきたんだよね。それでね、おねえちゃんみたいにだっこしてくれたの!」
「そっか」
 それで、お父さんのこと、思い出してこんな話をしてくれたんだね。
「楽しかった?」
「うん!」
 とても、素敵な笑顔でそう言った。




























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