短編

□チューリップ
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 それから喫茶店に入り、コーヒーを二つ頼み、話を聞くまでにはだいぶ時間がかかった。少女が手を繋いで喫茶店に入るのはだいぶ抵抗があった。だって、そーゆーのってデートみたいでなんか緊張するじゃん? 俺、そーゆー経験ないしさ。というか、俺はこんな可愛い女の子と手繋いで喫茶店入れんの、すんげえ嬉しいけど、この子はどうだろ? 俺とじゃ嫌じゃなかったかな? まあ、今更なんだけどさ。
「ごめん。手繋ぐとか、嫌だったよな。今更なんだけどさ…」
 今更でも謝らないのは俺の善意が許さない。
「いえ、そうしていただいた方がありがたいです。とても歩きやすかったです。ありがとうございます」
「そっか。なら良かった」
 ここの喫茶店はブラウンが基調の落ち着いたデザインでとても気に入っている。凄いオチャレだし、味も確かだ。
「とりあえず…自己紹介がまだだったよね。俺、柊木優音(ひいらぎゆうと)。十六歳。高一。君は?」
「私は…生吹千友梨(いぶきちゆり)です。十八歳です。盲学校の三年生です」
「え、年上!? ごめん、俺そうとは知らずにタメで…」
「あ、いえ。タメ口で構いませんよ」    
そう言って優しく笑った。十八歳、と言われて見れば確かにそう見えた。その優しい笑顔は確かに俺よりも年上なんだ、というのを感じさせた。何ていうか、上手く言えないんだけど、見守られてるなって思えるような笑顔。思わず、魅入っちゃうよ。
「じゃあ、さ。千友梨さん…? …もタメにしてよ。何か変じゃん。俺がタメで千友梨さんが敬語なのって」
「え、でも…私は……」
 そう言って千友梨さんは俯いた。何を躊躇うことがあるのだろう? 俺が躊躇うのはわかるけど。
「その、柊木さんみたいな素敵な人とタメなんて恐れ多いことは…」
「は?」
 何言ってんの、この人。俺こそそんな素敵な人じゃないんだけど? 大丈夫か、頭。
「いや、俺そんな素晴らしい人じゃないんだよ、本当に!」
「いいえ」
 そういう、彼女の顔があまりにも美して、穏やかだったから。
「とても素敵です」
 つい、聞いてしまったんだ…。
  俺は。そんな素敵な人なんかじゃないというのに。
 君は、あまりにも純粋で、あまりにも綺麗で、あまりにも美しくて、あまりにも。
 俺の事を、知らないから…。
 だからそんな事が言えるんだよ…。
「柊木さん?」
 この時ばかりは彼女が目が見えなくて良かったと思ってしまった。だって、今の俺の顔、見られないで済むし。俺、今どんな顔してんのか、自分でも全然わかんねぇよ。俺、最低だな…。
「ところでさ、“千友梨”って名前の由来って何なの?」
 話を逸らしたくて仕方なかった。頼むから、これ以上俺の事を何も言わないでくれ…。
「…両親の1番好きな花からとった名前なんです。チューリップから」
「チューリップ?」
「柊木さん、知っていますか? チューリップの花言葉」
「いや…」
 花言葉、なんて全然知らない。花の名前とかには詳しい方だけど、そこまでは知ろうとはしなかった。
「“博愛”“思いやり”“名声”“愛の宣言”…。色々あります。その中でも私の両親が私への想いを込めて使った言葉は…」
 一泊おくと彼女はさらに柔らかい笑顔で言った。
「“美しい目”です」
「“美しい目”…」
 俺はなんて答えたらいいか、わからなかった。聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。 何故だ? 目の見えない彼女に、何故そんな意味の名前をつけたんだ?










 コーヒーがようやく運ばれてきた。俺は砂糖を一つ、千友梨さんは砂糖を二つ入れた。じっくりかき混ぜ、コーヒーを口に運ぶ。やっぱりこの店のコーヒーは最高だ。
「柊木さん」
 コーヒーを一口飲んだ千友梨さんが砂糖をさらにもう一つ加え、かき混ぜながら俺の名を呼んだ。どうやら、甘党らしい。
「お願いが、あるんです」
「お願い?」
 千友梨さん綺麗な栗色の目がじっと俺を見ているように見えた。勿論、実際には彼女の瞳に俺は写ってなんかいないんだろう。それでも俺にはそう見えるほど、彼女は真剣だった。
「何?」
「私、家出してきたって言いましたよね」
「ああ…」
 そういや俺、その事聞きたかったんだっけ。すっかり忘れてた。
「私、目が見えないからって一人で外出させてもらえなくて…。勿論、それが両親の愛情だって分かってます」
良い子だな、と思った。外出したいけど、させてもらえない。それに例え理由があったとしても俺は納得せずに両親を恨むだろう。それが愛情、なんて認められずに。実際そうだし…。
「だけど、私、どーしても外に出たくて…。一人でも大丈夫なんだ、って証明したくて…。……それに」
俺は彼女の話を黙って聞いていた。俺なら…。
「両親に、安心して欲しくって…っ!」
それを言うと少女は泣き出した。
「え、ちょ…!?」
勘弁してくれよ…。これじゃ、俺が泣かせたみたいじゃねぇかよ。
なんて。そんなこと考える俺って最低だよな。…千友梨さんは、すんげえ、いい子なのに。
「ご、ごめんな、さい…」
「いいよ」
千友梨さんは涙を拭い、また話し出した。俺は、彼女を慰める言葉さえ知らないんだ。
「そうは思ったものの、人にぶつかってばかりで、色々な人にご迷惑をかけてしまって…。挙げ句の果てには迷子になってしまって…」
…え? 迷子? じゃあ、まさか…。
面倒なことになったなあ…。そう思い頭を抱える。
「結局…私は親に迷惑をかけてしまって…」
 また泣き出してしまった。
「だ、大丈夫! 大丈夫だから落ち着いて!!」
「柊木さんにもご迷惑をおかけしてしまって…」
「いや、本当気にしなくていいから!」
 迷惑かけたって思うなら頼むから泣かないでくれよ! 周りの目が痛いから!
「だから、これが最後の迷惑ですから…! あの、」
 乗り掛かった船だ。もう、なるようになるだろ!
「此処が何処か教えてもらえませんか!?」
「…は?」
 いや、待て。話聞く限りじゃ千友梨さん、あんま外出たことないんだよね? 失礼かもしんないけど、そんな人が一人で帰れるの? 現に、今迷子なんだし。
「ちなみに、家出したのはいつ…?」
「昨日の夜です…」
「え、じゃあまさか一晩中歩き回ってたわけ?」
「はい…」
 よく変な男に連れていかれなかったものだ、と感心した。いや、そうじゃないだろ!
「住所は?」
「え?」
 思わず大きな溜め息をついてしまった。
「だーかーら!! 家まで連れてくって言ってるの!」














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