□#09 前進
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「アクアちゃん、アクアちゃん」
 グランは海月に案内され、アクアの部屋の前まで来ると、アクアの名を呼びながらドアをノックした。その様子を海月と大地が心配そうに眺めていた。しかし、グランが来ても結果は変わらない。アクアから返事はなく、ドアが開く気配は一切なかった。
 グランはやっぱ駄目かな、と肩を落とした。それでもグランは諦める気はなかった。
「…アクアちゃん。一件電話してもいいかな」
 突然のグランの発言に海月も大地も首を傾げた。
 グランはスマートフォンを取り出し、耳に当てる。そして、部屋の中のアクアに十分聞こえるくらいの声で誰かと話し出した。
「もしもし、由美ちゃん?今暇?」
 海月と大地は由美という名前を聞いた瞬間、ピンときた。
「――本当?良かった。じゃあすぐアクアちゃんの家に来れるかな?実は今アクアちゃんが大変で――…」
 その瞬間、ドアが勢いよく開き、中からアクアが出てきた。グランは出てきたアクアを見て微笑んだ。
「大丈夫だよ、ただのフリだから。由美ちゃんとは電話してない」
 グランのその言葉を聞き、アクアはホッとしたようだった。しかし、すぐに今の状況を理解するとまた部屋に籠ろうとした。が、勿論そんなことグランは許さなかった。
「アクアちゃん。アクアちゃんの気持ちはわかるよ。でも今のままじゃ駄目だってアクアちゃんだってわかってるよね?」
 アクアは苦しそうに眉をひそめる。
「今はまだファイ君に会ってあげてとは言わない。でもちゃんと栄養は摂らなきゃ駄目。いい?」
 グランはまるで母親のようにそう言うとアクアの手をしっかりと握った。
「大丈夫だからね、アクアちゃん。一緒に乗り越えよう?」
 グランがそう言うと、アクアは無言で涙を流した。グランがアクアを抱きしめ、頭を撫でる。その様子を海月と大地が見守っていた。












*














 暫くしてアクアが落ち着くとグランはアクアと話をするために二人でアクアの部屋に残った。海月はアクアのために台所で食事を作る。そんな海月の後ろ姿を見ながら、大地が遠慮がちに話しかけた。
「…なあ、グランちゃんを襲ったのがリーフちゃんって本当なのか?」
 海月は持っていたボウルを落としそうになるほど驚き、大地を見た。
「…盗み聞きしてたんですか…?」
「んなこと別にどうだっていいだろ。で、どうなんだよ」
 説明するのも面倒であったし、何より大地は質問の答えを聞きたかった。大地の真剣な表情に海月も答えなければならないと感じた。
「まあ、貴方はグラン様の側近ですしね。聞く権利はあるでしょう。しかし、僕だって会議でグラン様が仰ったこと以外は知りませんよ」
「何だよ、使えねえ」
「そんなこと言うなら本人に聞いたらどうです?」
「…んなことできるかよ」
 もしそれが本当ならグランちゃん傷ついてんだから。
 大地はそう呟いた。
「…なあ、海月。俺もリーフちゃん捜索の件に関われねぇか」
 海月は驚き、大地を見た。大地の瞳は真剣だった。
「グランちゃんのこともあるし…何より俺が知りてぇんだ。リーフちゃんの真実を!」
 何も言わない海月を見て、大地は不安そうに「駄目か?」と呟いた。いつもなら「俺様が参加してやるっつってんだろーが!」とか言うのだがそんな様子は一切伺えない。そんなところから大地の真剣さが伝わってきた。
 そんな大地を見て、海月は溜息を吐くと言った。
「…まあ協力者は多いに越したことはありませんからね」
 大地の顔がぱっと明るくなった。
「ま、俺様の頼みだもんな!」
「何偉そうな口聞いてるんですか。今の取り消しますよ」
「てめー!ふざけんなよ!」
 海月と大地のくだらない喧嘩がまた始まったのだった。









*










 アクアの部屋で泣きながら一週間前のことを語るアクアとアクアを慰めながら話を聞くグラン。
「…私、あの時のファイと海巳姉の血塗れの姿が頭から離れないんだ」
「うん」
「私のせいだ、って気持ちが消えない」
「アクアちゃんのせいじゃないよ」
「ううん。私のせい」
 人一倍優しいアクアだからこそ。自分を責めずにはいられない。グランは何時ぞやの自分と今のアクアを重ねた。
「…ねえ、アクアちゃん。憶えてる?“あの日”のこと」
 グランは切なそうに口を開いた。グランから“あの日”のことが出されるのは初めてだった。アクアが慌てて「話さなくていいよ」と言おうとしたが、グランがそれを拒んだ。
「…“あの日”功刀君が死んで…私が今のアクアちゃんみたいに引き籠っちゃって…。その時、アクアちゃんなんて言ったか憶えてる?」
 グランはアクアの長い髪を撫でながら続けた。アクアは俯いていた。
「その言葉、そっくりそのまま返すよ。『ファイ君のために生きて』アクアちゃん」
 アクアは今度こそ泣き崩れた。例え、ファイがどんな結果になったとしても、彼はいつだって絶対にアクアの幸せを想っている。アクアが生きることを望んでいる。そんなこと、誰の瞳から見ても明らかであった。
「…グラン」
 アクアは力なくグランの名前を呼んだ。グランの服の裾を握り、潤んだ瞳でアクアを見る。
「…私、ファイに逢いたい」
 グランはその言葉を聞き、一瞬驚いた表情を見せるがすぐに笑顔になった。もしかしたら今ファイに逢うのはまだ早すぎるかもしれない。精神的ショックが大きく、もしかしたらまた引き籠ってしまうことだってなくなはい。それでもアクアは自分の意志で確かに言ったのだ。その声は弱弱しく、今にも消えそうだったけれど、それでも簡単に言えるような言葉ではない。
「…わかった」
 グランは立ち上がり、アクアの手を握った。
「でもその前にしっかり食べてからね」
 相変わらず、母親のようである。






























*
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