□#07 静止
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 火原家本亭の一室。そこで火原ファイは包帯だらけの体で寝ていた。だがその包帯だらけの体を除けばとても穏やかな顔をしている。まるで…。
「…寝てるみたいなのに」
 なのに、もう起きないかもしれないなんて…。
 黄色…というよりは茶色に近い瞳と髪を持つ少女は悲しげな瞳でファイを見つめながらそう呟いた。少女は買ってきた花を花瓶に添えた。少女の長い髪が夏色の風によってなびく。そして少女の涙も一緒に運んで行った。…ただし気持ちは胸に留めたままで。
「グランちゃん!」
 少女――グランは名を呼ばれ振り向いた。ドアには替えの包帯と薬を持った焔がいた。
「毎日ありがとう」
「手伝いましょうか?」
 焔は静かに首を振った。グランは焔の想いを何となく察し、頷いた。
「ファイ君。明日もまた来るから。…アクアちゃんのためにも早く目を覚まして」
 グランはファイにそう言うと焔に一礼してから部屋を出て行った。
 土橋グラン。彼女こそアクアとファイとリーフのもう一人の幼馴染、土の神本家の長女である。
 グランはファイが倒れたと聞いてから毎日花を持ってファイに会いに来ていた。焔にとっては有難いことではあるが、同時に申し訳なくもあった。
 焔はグランが部屋を出たことを確認すると、ファイの包帯を替え始めた。
「…うっ」
 焔はファイの包帯を取り、傷口を見ると思わず声が漏れてしまった。一週間前と比べればだいぶ良くなったが酷いことに変わりはない。焔は何回も包帯を取り換えているか毎回つい声が出てしまう程、酷い。神は傷の回復能力が人の二倍あると言われている。にも関わらず、この傷の治り方は…。
 焔は声を上げて泣いた。
 もう、駄目かもしれない…。
 焔は元火の神であるのと同時に医師でもある。それも火の神の中ではそれなりの技術と知識を持った。焔の中の医師の直感が囁いている。もう駄目だ、と。しかし同時にファイの姉としての焔は叫んでいるのだ。ファイを助けろ、助けなければならない、助けたい、と。焔は自分の中の二つの声に揺れていた。現状を見ればどちらが正しいかなんてよくわかっている。それでも簡単に諦められることなんかじゃない。
 ファイに使っている薬は火の神のための特注品。火の神なら大抵この薬を使えば治る。それで治らないとなればそれは死を意味する。
「…木龍リーフ」
 だが、緑の神なら薬草の知識に長けている。過去に火の神や水の神が緑の神に命を救ってもらったということも少なくはない。だからもしかして、と焔は期待を抱かずにはいられなかった。
 明後日行われる“三大神会議”。そこで木龍リーフ捜索の件も詳細を決定し、即実行に移す予定だ。分家であるにも関わらず、フレアが今回の会議に出席する理由もそこにある。まあ、本題はそこではないのだが、それは後程。
 焔は包帯を変え終わると溜息を吐いた。ファイの髪をなぞりながら、悲しげな笑みを見せ呟いた。
「…必ず、助けるわ」











*








 グランは火原家から出ると、水上家を遠目に眺めた。
「…アクアちゃん……」
 グランはファイには毎日会いに行っているがアクアには一度も会いに行っていない。それは別にファイが怪我をしたのはアクアのせいだと恨んでいるからではない。ただ、行きにくいのだ。アクアは今自分をきっと責めていて、苦しんでいる…。そんなことはグランだってよくわかっている。そしてそんな時、幼馴染として支えるべきなんだということもわかっていたし、支えたいと思っていた。だがどうしてもグランには自信がなかった。アクアに云うべき言葉を言えるのかどうか、自信がなかったのだ。
 グランは水上家に向かうか迷ったが、結局水上家には行かなかった。否、行けなかった…のかもしれない。グランは重たい足を運びながら別の場所へ向かった。
 グランが向かった先は墓地だった。そこは神専用のお墓で四大神の墓がある。グランは木龍家の墓の前に来た。
「…ごめんね、リーフちゃん。今日何も持って来てないんだけど…。どうしてもリーフちゃんに会いたくなっちゃって」
 木龍リーフが行方不明になった一年後、リーフの墓が作られた。勿論遺体は見つからなかったし、まだ生きている可能性もあった。それでも十歳の少女が一年も生き延びられるはずがない。それが大人たちの考えだった。そこで遺体はないものの、お墓を作らないのはあんまりだということで作られたのだった。当時、リーフが生きていると信じて疑わなかったアクアとファイは葬儀に参加せず、墓参りにも一度も来ていない。あんまりと言えばあんまりかもしれない。だが。
「…大人って勝手だよね……」
 グランは墓に向かってそう呟いた。
「リーフちゃんが死んだなんて証拠、何処にもないのに勝手にお墓作って…」
 死んだ者に墓がないのはあんまりであろう。しかし、もし生きていたら…?生きている人の墓があるなんて…。一体その人はどんな気持ちになるのだろう…?
「なのに、自分たちにとって必要だって思ったら生きてるって信じ出して探すんだよ?」
 おかしいでしょう?
 グランは声が返ってくるはずのない墓に向かって話す。
「…でも、それなら私だっておかしいよね」
 グランはそう言って苦笑いした。
 そう、グランだってリーフは生きてると信じていた。それは今だって同じだ。生きていたらどんなにいいだろう、って。それなのに、葬儀に参加して、こうしてお墓参りに来て話をする。矛盾している。それならリーフが生きていると信じ、葬儀にも出ず未だに墓参りに来ないアクアとファイの方がよっぽど立派だとグランは思っていた。
「…私、本っ当…駄目だなぁ……」
 グランはそう呟くと涙を流した。何故泣いているのか自分でも理解できなかった。ただ涙は溢れる。涙は頬を伝わり、地面を濡らした。
「…グラン?」
 そんな時だった。グランの頭の上で懐かしい声が聞こえたのは…。否、聞こえてしまったのは…。
「…リー、フちゃ…ん?」
 グランが振り返った先にいたのは見間違えるはずのない、あの幼馴染の木龍リーフだった。



































*
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