□#05 本音
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 少年は水族館の中を歩いた。水はもう止まったものの、中は酷いものだった。植物は生え放題。そのせいで色々な物がひび割れていたり、壊れていたりしてもうめちゃくちゃだ。水槽は割れ、中にいた生き物は一匹たりともいない。…いや、たった一匹。海巳に殺られた鮫がいるだけ。
「全く、派手にやりやがって」
 少年は水族館内を一通り見終えると、そう呟いた。外ではまだ人間が騒いでいる。おそらく新聞記者やテレビ局などマスコミが押し寄せているのだろう。全く、奴等は情報が速い。仕事熱心なもんだ。
 少年は既に死んでいる鮫を踏みつけた。
「…そのわりには全然面白くなかったよなぁ?」
 そう言いながら鮫を蹴り飛ばす。少年の力とは思えないほど強い力であった。
 鮫はまだわずかに形の残っている水槽にぶつかった。その衝撃で水槽が割れ、鮫の体に破片が突き刺さる。痛みはもう感じないのだろうが、血を流すその姿はとても痛々しかった。
 少年は鮫の元へ歩いていき、何度も何度も蹴った。
「折角俺が力を貸してやったのによぉ!」
 少年はひたすら鮫を蹴る。鮫の体はどんどん変形していく。少年は血塗れになりながらそんな鮫の様子を楽しんでいるようである。少年は笑っていた。薄気味悪い笑い声を上げながら。
 やがて、気が済んだのか少年は鮫を蹴るのを止めた。そして、次の瞬間、少年の足元に魔方陣が現れた。それは鮫の速さが急激に上がった時に現れたものと同じだった。…すると、どうだろう。少年は少年ではなくなった。少年の背丈は急激に伸び、みるみると男らしい体つきになっていく。少年…いや、青年はかなりの美形であった。黒髪に黒い目。そして五つの黒い宝石…。
「さぁて、やるか!」
 青年がそう言い、首を回す。ゴキゴキという音が鳴り、続いて、指を鳴らす。すると水族館内一面にあの魔方陣が現れた。魔方陣の中にいた人間は一ミリたりとも動かない。人だけではない。風も止んだ。その場所だけ時間に置いて行かれたようであった。
「我――の神の血を引きし者なり。――よ、我の声に応じよ。戻れ(クイークイ)」
 少年がそう言うと、水族館は元通りになっていた。水槽はひび一つなく、程よい量の水で満たされている。植物により壊れてしまった物も全て元通り。そして、水槽には魚達が泳いでいる。
 ただし…。
「どーすっかなあ、こいつ」
 青年は変形してしまった鮫を見つめる。
「ああ、そっか。…こーすりゃ、問題ねぇよなぁ?」
 青年はそう言うと再び鮫を蹴り出した。青年の足には魔方陣。すると青年の足は目にも留まらぬ速さで鮫を蹴り出した。人間技ではなかった。勢いよく鮫から飛び出る血。その血が青年の足を、服を、顔を。ありとあらゆる場所を汚していく。それでも青年は不快に感じないようで、むしろ嬉しそうであった。
 青年が蹴り終わるとそこに存在しているのは血だけであった。青年によって骨までバラバラに砕かれてしまい、もう元々どんな姿だったのか誰にも想像できない。
 青年はまたお得意の魔方陣を出し、自らについた血を綺麗に落とした。床も同様に。そして青年はその場を後にする。水族館から出ながら青年は先程の様子を思い浮かべた。
『私はね…。大切な人をもう二度と失いたくないの』
 青年は「くだらねぇ」と呟いた。
『私、全部全部、護りたい。大切な人の笑顔も、想いも、命も。…だから私強くなりたい!』
 馬鹿じゃねぇの。んなことできるわけねぇだろ。…そんなことできたら誰もこんな苦しまねぇんだよ…。…お前はたった一人を護りたいがために勝手に死ぬような奴なんだろうな。誰も頼んでなんかねぇのに。火原ファイも同じだ。…あいつみたいに、な。
『それと、私ね。貴方のことも助けたいと思ってるの』
 水上アクア。ムカつく女だ。お前みたいな人の気を知らないお人好しが一番嫌いなんだよ。
 青年は暗い森の中へ入り、それ以上考えるのを止めた。














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