短編

□121°
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 いつか必ず自分にも運命の人が現れる。そう信じて疑わなかった。
 あれは確か夏休み前のことだったと思う。人数が足りないからと、同じ研究室の友人に半ば強引に連れていかれた合コンで彼女に出会った。学生生活最後の夏。きっとみんな最後の最後に青春をしたくて必死だったのだろう。俺だってしたかった。二十をとうに過ぎたこの年だというのに彼女いない歴イコール自分の年という惨めな俺。でもどこかで自分は大丈夫だろうとも思っていた。自分にはいつか可愛い彼女ができる。根拠のない自信だが何故かそう確信していたのだ。シンデレラ・コンプレックスの男版ではない。断じて。
 話が脱線してしまったが、とにかくその合コンで俺は彼女に出会ったのだ。彼女は女性にしては背が高く、細身でスラッとしていた。だが細い身体にもあるものはしっかりあるいわゆる我儘ボディ。ボンキュッボン。うひょ〜。しかも顔も整っており、なかなか美人だ。あとは性格が良くて料理ができれば文句はなし!
 彼女は俺と目が合うとニコリと微笑んだ。笑顔も可愛い。大口を開けて歯を見せて笑う彼女は、少し大人びた外見とは対照的に無邪気な子どものようだった。俺も微笑み返すが、上手く笑えていたかはわからない。
 彼女はその我儘ボディと同様に性格も我儘だった。自分の思い通りにならなければすぐに拗ねてしまう。けれどそれがまた無邪気な子どもらしくて、可愛らしかった。こういう人だから、歯を見せて笑うのだと思うとなんだかそれが愛おしかった。
 俺は彼女こそがいつか必ず現れると信じて待ち続けていた俺の運命の人だと確信した。絶対そうだ。そう信じて疑わなかった。
 俺達は連絡先を交換し、その後も連絡を取り続けた。度々会ってお茶もした。そうした交流を重ねるうちに、遂に!遂に……!俺は彼女に告白されたのだ!やっぱり彼女は俺の運命の人だったのだ!

 ジェットコースターの順番待ちをしている時間は終わったのだ。もう乗っている人を羨ましそうに見る必要はない。
「おいで」
 かわいがってあげる。そう言われ、差し出された手を握った。

 二人で色々な場所に行った。遊園地。水族館。動物園。博物館。美術館。映画館。喫茶店。ショッピングモール。海。山。川。北は北海道。南は沖縄。何処へ行っても彼女は瞳を輝かせていた。まるで子どものように無邪気に白い歯を見せて笑った。彼女は何処へ行って何を観ても綺麗ね、と呟いた。彼女はまだライトアップされていない昼間の観覧車を下から眺めても綺麗と言ったし、水族館の何もない水槽も綺麗と言った。一見普通の何もないその景色の何処に綺麗という言葉を見出したのか俺にはわからなかったが、ただそうだねと同意して頷いた。俺は今まで恋愛経験がなかったからわからないけれど、きっと女の子はみんなこうなのだろう。
 それから彼女はよく子どもを見ていた。子どもが好きなの?と尋ねると首を激しく振った。そしてただ子どもはいいなと言った。子どもが欲しいの?と聞くと悪くないわ、と答えた。

 物凄い速さでぐるぐると回る。空が見えたり地面が見えたりして怖くて悲鳴をあげるけど、俺はようやくジェットコースターに乗れたのだ。
「おいで」
 かわいがってあげる。彼女は俺をしっかり抱きしめ、俺は彼女にしっかり捕まった。

 その日から俺は彼女との結婚を本気で考えた。就職先も決まり、お互い二十四。まあ早いちゃ早いかもしれないけど、仕事をして、お互い仕事が落ち着いたら結婚っていうのは悪くないなあと思ったのだ。同居もいいなあ。お風呂にする?ごはんにする?それとも……わ・た・し?というやり取りを彼女とできると思うと顔がニヤける。
 けどまあ、そのためにはとりあえずお金が必要だよな。そう思い銀行に足を運び記帳してみた。学生時代、彼女に出会うまで恋人がいなかったためか、バイト代は殆ど貯金していた。かなり溜まっていることを期待し、通帳を見て俺は驚いた。ただただ驚いた。えっと思わず声が出た。俺の予想に反し少なかった。そんな莫迦な。俺の六年間のバイト代がこんな少ないわけが……。必要最低限の物にしか使っていないはず、と最近買った物を思い出す。そして気が付いた。俺のバイト代は殆ど彼女のために費やされていた。彼女との旅行費は全て俺が払っていたのだ!

 物凄い勢いでぐるぐる回っていたジェットコースターが一瞬止まった。いや、そう感じただけで、実際は動いていた。ゆっくり、ゆっくりと。そう、ゆっくりと上へ登っていく。俺はただただ青い空を見る。そして今後のことをゆっくり考えた。考えなくてもわかっていた。驚くほど冷静だった。角度は九十度。ゆっくりゆっくり登って、そのあとは急スピードで落ちていくのだ。
「おいで」
 かわいがってあげる。頂点に達したとき、俺は目を瞑った。もういいよ!

 彼女に別れ話を持ち出したとき、彼女はただ一言、まあ当然よねと呟いた。彼女は謝罪の言葉も、感謝の言葉も述べなかった。俺も述べなかった。帰り際、彼女が涙を流しているように見えたのは俺の気のせいだったのだろうか。きっと気のせいだ。俺が彼女こそが運命の人だと感じてしまったのが気のせいだったのと同じだ。彼女が何を考えていたかなんて俺にわかるわけがないし、そもそも考える必要もないのだ。うん、そうだ。

 ジェットコースターは落ちていく。頂点に達し、下を見るとレールが見えない。事故か?一気に焦りが生じてくる。いいや、違う。百二十一度。このジェットコースターが誇る世界最大の角度だ。レールは百二十一度の角度があり、先が見えない恐怖に乗客を追い込む。このジェットコースターの名前はなんだったっけ。
「おいで」
 かわいがってあげる。速度を上げ、落ちていくジェットコースター。そこで俺はこのジェットコースターの名前を思い出した。
 そうだ、高飛車。
 高飛車。俺を散々振り回し、騙したあの女。まさにあの女のようだ。
 こうして俺達は落ちていく。
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