短編

□幸せなこと。
1ページ/3ページ




「美紀! 食事中は携帯はいじるな、って何度言ったらわかるんだ!!」

「照明をつけっぱなしにするな!! もったいないだろ!」

「挨拶はしっかりしろっていつも言っているだろ? どうしてわからないんだ!」

 

 ああ、もう。煩いなあ…。そんなこと言われなくても、別にわかってるつーの。てゆーか別にいいじゃん? 誰に迷惑をかけてるわけでもないのに。
 親父の口煩さに耐えられなくなり、私は机を思い切り叩いた。

「わかってるってば! 私のことにいちいち口出さないでよ!! この、糞親父! 大嫌い!!」

 そう言い、朝食の途中だったにも関わらず、家を飛び出した。家から母親の「待ちなさい!」という声が聞こえる。勿論、待つつもりなんて、これっぽちもない。
 我ながら、小さいなあ、と思う。実際身長は小さいんだけど。まあ、そっちじゃないんだけど。
 それから親父とは口をきいていない。




*





「お願い! 美紀! 一緒に保育実習行ってくれない?」
 そう、頼まれたのは三日前。子どもが大好きで、将来は保育士さんになる夢を持つ友人の楓に頼まれた。別に予定もなかったし、断る理由もなかった。
「いいよ」
 特別子どもが好き、ってわけではないけれど、いい経験になると思った。
「本当? 良かった。保育士は夢だからすっごい行きたいんだけど、やっぱ一人じゃ不安だからさ…」
 そう言い、人懐っこい笑顔を見せる。楓はよく笑う子で、みんなに好かれていた。その笑顔を見せられると大抵の人はのろけてしまうのだから、凄い。おまけに可愛いし。
「そっか。そうだよね。楓、子供好きだもんね」
「うん! 大好き!」
 迷いなく、好き、大好き、と即答できる楓を羨ましく思った。格好良いと思った。
 私には特にこれが好き、って言えるものがない。だから当然、将来の夢もない。
 だから、私にとって楓は眩しくて仕方なかった。




























*
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ