短編

□チューリップ
1ページ/4ページ








 それが、俺と彼女の出逢いだった。



「やっべえ、遅刻するっ!!」
 時刻は八時二十五分。あと五分で遅刻だ。
 地元の悪餓鬼しか知らない雑草だらけの抜け道を全力疾走する。俺は人より多くの近道を知ってはいるが、それでも間に合うかどうか…。
「よし、あとはそこを出れば学校まで一直線!」
 あと三分。間に合え!
 足を更に速め、雑草道を抜け、一直線! といいうところだった。なのに。
「きゃっ!!」
 あろうことか、人と衝突してしまった。抜け道は狭く歩きにくい(慣れれば普通の道より速いが。)から視野が狭まってしまう。それに相手だってまさかこんな雑草だらけの道から人が出てくるなんて思わないだろう。どう考えても俺が悪い。
「すみませ…」
 謝りかけてはっと息を飲んでしまう。それほど、目の前の少女は美しかった。茶色のストレートの長い髪。か細く、長い手足。整った顔。特に栗色の瞳は大きく、くりくりしてて、とても可愛らしかった。
「いえ、こちらこそすいません」
 そう言いながら少女は丁寧に深くお辞儀をした。いや、尻餅をついた体制のまま深くやったもんだから、どっちかというと土下座のようだから可笑しい。だが、同時に罪悪感も少々。今のは明らかに俺が悪いというのに…。
「いや、今のは俺が悪いし、えっと、その大丈夫?」
「は、はい」
 同い年くらいなのに敬語で妙に他人行儀の少女はまるで何かに脅えているようにも見えた。優しく言ってるつもりなんだけど、俺って怖いの? 目も合わせてくれないんだけど。
 立ち上がり服の汚れを落としてから少女に手を差しのばす。だけど少女は手を借りる気はないらしく、こちらを見ようともしない。悪いのは俺だけど、この態度は流石に腹が立つ。
「あのさあ」
 怒りの言葉を一発構えようとした時だった。少女がぼそりと何か呟いた。
「え?」
 小さくて聞こえなかったので聞き返すと少女が泣き出した。
「ええっ!? ちょ、泣かれても困るんだけど!? ねえ!?」
 そしてしゃがみこみ、少女を泣き止まそうとした。その時に初めて少女が何かを探しているということに気付いた。素手で地面をぺたぺたさせながら手探りで探している。そして少女の声がようやく聞こえた。
「私の杖、どこ…?」
「杖?」
 こんな少女が杖とは一体どういうことなのだろうか? そう思いながら足元を見ると白い杖が俺の足の下で真っ二つになっていた。
 白い、杖…。
「ああああああああっ!!」
 少女は俺の大声に驚いたのか肩をびくりと震わせた。
 今、少女が目を合わせない理由がようやく分かった。合わせないんじゃない。合わせられないんだ。
 遠くから学校のチャイムが聞こえた。ああ、遅刻確定だな…。でも今はそれどころじゃない。
「ご、ごめん!!」







 少女は目が、見えないんだ…。







「杖は弁償する!! 本当、悪気があったわけじゃないんだ!!」
 少女は一体何処まで理解しているのだろうか。混乱している俺にはよくわからない。ただ、少女はやっと手探りで見つけた杖を掴み取り、それが折れてしまっているのをやっと確認したようだ。
「え、っとその立てる、かな…?」
 少女に手を差しのばすが、すぐに少女にはこの手が見えないんだという事を思い出す。もしかしたら少女は嫌がるかもしれないが、この場合は仕方がない。俺は少女の手を強く握り、起き上がらせた。手を握った瞬間少女はとても驚いていたが、すぐに穏やかな顔になった。
「ありがとうございます」
 さっきまで強張っていた少女の顔からは想像もできない穏やかで優しい声と表情。やっと、笑ってくれた。やっば、笑うとすんげえ可愛いんだけど!
「ごめんなさい…。あの、ご迷惑をおかけしてしまって……。」
「いや、そんな。悪いのこっちだし! それより、君、大丈夫なわけ?」
「え?」
 一応少女の体のあちこちを見る。いや、変な意味じゃなくて!ただ、怪我とかさせてないかなって、心配になっただけだから!!
「だからさ、その痛い所とか…。見たところ一応大丈夫そうだけど…」
 少女はとても驚いた顔をした。何をそんなに驚くことがあるのだろうか?普通の事をしただけだというのに。
「あ、はい。大丈夫です」
「そっか。良かった。それで、君一人で大丈夫?」
「え?」
 少女はさっきより驚いた顔で聞き返す。
「いや…。こーゆーの言っていいのかどうか分かんないんだけど…。君、目見えないんだよね…?」
 少女はまん丸い大きな目を更に大きくさせて驚いた。
「だからさ、もし君が良ければ、だけど、さ…。目的地まで一緒に行くよ?」
 そして、少女は次にはくすくすと笑いだす。
「え、ちょ!?」
 尚もふふ、と笑う。一体何なんだ。
「ごめんなさい」
 やっとのことで少女はそう言った。
「ただ、今までこんなに親切にしていただいたことがなくて…。ぶつかるのはしょっちゅうなんですけど、いつも怒鳴られちゃって…。…だから、嬉しくて…」
 少女は再びとても穏やかな顔になって笑った。そして、次の瞬間には泣き出した。
「え、ちょ!?」
「ご、ごめんなさい…。嬉しくて…」
 表情がよく変わる子だな…。それが彼女の第一印象。



 今、思えば。
 俺はこの瞬間から君に恋をしていたのだろう。
 君の美しい瞳に可愛らしい笑顔。
 君が泣くと、俺は困った。




「本当ごめんなさい」
「いや…」
 やっとのことで少女は泣き止んだ。
「気持ちはとても嬉しいです。ありがとうございます。けど、貴方は大丈夫なのですか? 声を聞く限り学生くらいなのでは…?」
「え、あ…」
 もう遅刻確定だし、同じ遅刻なら十分も一時間も同じだ!…それに。
 学校に行ったって、辛いだけで楽しい事なんて…何も、ないのだから。
「今日、創立記念日なんだ!だから休みだから心配しないで」
「そう、なんですか!良かったです。私のせいで遅刻したら大変です」
 少女はとても安心した顔をした。嘘だ。けど、少女が困って慌てるよりはいいかもしれない。それに、いいんだ。嘘には慣れているのだから。
「それで、どこに行こうとしてたの?」
「あ…」
 それを聞くと少女は「えっと」と言うのを繰り返し、挙句の果てには黙ってしまった。
「もしかして、何処行こうとしたのか忘れた、とか?」
「いえ、えっと…そうではなくて…ですね…。えっと…。その…。笑いませんか?」
 少女の顔が紅潮していってそんな姿が愛らしいとさえ思ってしまった。俺って、こんなひどい奴だっけ?
 そんな少女に見とれてしまって、つい返事が遅れてしまった。慌てて「笑わない」と返事すると怪しまれた。まあ、それは返事が遅い俺が悪い。何とか少女を説得して、やっと言ってくれる気になってくれた。
「実は、私、家出中なんです…」
「え?」
 家出?
「ええええええええ!?」
 俺はその時、越えてはいけない線を越えた気がした。












*
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ