番外編

□いたずら
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「ファイ―!」
 玄関から無邪気に笑いながら俺の名前を呼ぶ少女の声を聞き、下に降りる。蒼髪に蒼瞳に額には蒼く輝く宝石。一般的に見たら変わったその容姿はとても綺麗だ。普通の人が見たら変わった色とあまりの美しさに驚く容姿だが、もうとっくに見慣れた。まあ、俺の赤髪赤瞳も変わっているが。
 そんな俺の幼馴染兼初恋の相手、水上アクア。彼女が俺の家に来るのは珍しいことじゃない。その逆もまた然り。いつも今時珍しい和服で来る彼女が、いつもとは違った格好をしていることに驚く。そして出てきた第一声が、
「何だ、それ」
 の一言。だが、言葉とは裏腹に俺の胸は高鳴った。確かにアクアの予想外の格好には驚いたが、それ以上に愛おしい。そんな想いが俺の心を支配した。
「何って今日はハロウィンでしょう?」
 アクアはそう笑顔で答えると、くるり、と一回回り、スカートの裾を掴み、「似合う?」と聞いた。
 ―――そう、確かに今日は十月三十一日。ハロウィンだ。お化けの仮装をし、近所の家を周り、お菓子をもらうという、西洋の祭だ。
 アクアは黒い丈の短いワンピースを着ていた。網タイツにハイヒール。首には赤いリボンに、鈴のついたチョーカー。そして頭には猫耳。どうやら猫のコスプレらしい。その姿はとても愛らしい。しかもこの笑顔。こいつ…。少しは危機感を持った方がいいんじゃねえか?如何にも「飼ってください」って言ってるようにしか俺には見えねえんだけど?
「…日本人はそんなことしねぇんだよ」
「私達人じゃないよ?」
「…日本神もそんなことしねぇな」
「でも今、目の前で日本神がしてるよ?」
 尚も笑顔でそう言うアクアに俺は溜息をつき、呆れる。
「ここまでその姿で来たのかよ?」
 やっぱりアクアは笑顔のまま頷く。マジかよ。
「…誰かに見られなかったのかよ」
「うーん、何かすごいじろじろ見られたけど…あ、もしかして変!?」
 そう言いながら自分の服装を眺め、変なところがないか、確認する。そういう問題じゃねーんだよ…。俺は赤面した顔を隠すためにそっぽを向く。
「…で、何の用?」
 俺がそう言うとアクアは服装のチェックを止め、ぱあ、と花が舞うような笑顔を見せた。…その格好でその笑顔は勘弁してくれ、マジで。
「Trick or Treat!」
 そう言って両手を広げ、お菓子を求めるアクア。
 …Trick or Treatってお菓子かいたずらか、って意味だよな。普通だったらお菓子をあげるってことくらい、俺だってわかってる。けど、いいよな?もう別にいいよな!?少しくらい意地悪してもいいよな!
「いたずらって何すんだ?」
 予想外だったのか、アクアは一瞬きょとん、とした顔をして、首を傾げる。そんな姿がどうしようもなく、愛しい。
「え、と。…うーん。特に考えてなかったんだけど…。普通は何するの?」
「…そうだな。漫画とかでよくあるパターンだとキスするとかじゃねえの?」
 きっとこの時の俺は今までにないくらい、意地悪な顔をしていたと思う。それに対し、アクアの顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていく。顔どころじゃなく、耳まで真っ赤だった。俺はわざとらしく「どうした?」と言ってアクアの顔を覗き込むと、アクアは両手を自分の顔の前に出し、真っ赤な顔を隠そうとする。完全に防御態勢だ。ヤバい、楽しい。我ながら意地悪だとは思うが、たまにはいいよな。いつも我慢して優しくしてやってるわけだし?
 駄目なことくらいわかってる。俺たちは神だ。水と火。決して相容れない存在。恋なんてしちゃいけねぇし、ましてやキスなんて絶対しちゃいけない。それでも。たまにはこうしてからかうくらいはいいだろう?俺たちに残された時間はどうせ、もう僅かなんだから―――…。
「い、意地悪!」
 顔を真っ赤にしながらそういうアクアはそう言って俺を睨みつけるが、そんなのは全くの逆効果。
 …けど、まあ。
 俺はアクアの頭を撫でようとして、猫耳が邪魔なことに気付く。仕方ないので、ぽんぽん、と頭を二回叩き、「待ってろ」と言い、家に入る。居間に飴くらいあるだろう。
 今日はこれくらいで勘弁してやる。そう思った時だった。
「―――ファイ!」
 後ろからそう呼ばれ振り向こうとしたら、ふいに服の裾を掴まれ、引っ張られる。咄嗟のことで体のバランスが崩れる。頭に何かが触れた気がした。
 ―――カシャ。
 そう機械音がして、「あ、ぶれちゃった」と言うアクアの声。俺は透かさず、アクアからスマホを取り上げ、撮られた写メを見る。
「―――テメェ」
 そしてあの一瞬で何をされたのか理解した。写メはぶれているものの、確かに俺が写っていた。そして、俺の頭には猫耳が付けられていた。
「だ、だって…」
 俺は猫耳を外し、アクアを見ると、アクアは泣きそうな顔で俺を見ていた。…そんな顔で見んなよ……。
「いたずら、して欲しいんでしょ?」
 止めろよ、その言い方。変態みてーじゃねぇか!
 そう思いながら、俺は溜息を吐くと猫耳をアクアに着けた。
「いたずらしたってことでお菓子はなしでいいのな」
「え、ええええ!?」
 ファイの意地悪!馬鹿!阿呆!ドジ!マヌケ!と小学生がするような悪口を言いながら俺の腕を叩いてくる。だが、そのパンチも可愛らしく、全然痛くない。思わず笑みが零れた。
 …ま、今年は飴のひとつくらいあげてやってもいいかな。なんて思いながら。








END
 

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