番外編

□手を繋ごう
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 水上家の書架。そこには水の神の歴史、術など水の神に関わる全ての書物が揃っている。重要な書物もあれば、中にはアルバムなどといったものもある。神といえど、自分の子が可愛いのは人と同じ。我が子の写真くらい撮るものだ。
「あ…。こんな所にあったんですね…」
 水上家の第一分家長男である水上海月。彼はこの重要な書架の責任者でもある。書物の整理、監視は彼の仕事の一環だ。そして今日も書架の見回りに来ていた。
 海月は自分の仕事も忘れ、目の前にあるアルバムに釘付けになる。
「懐かしいですね…」
 そう言う海月は嬉しそうでもあり、悲しそうでもある。複雑な想いがあるのだ。
 そのアルバムにはアクアの写真が沢山ある。想い人の幼き日の写真など見ずにはいられない。想い人、アクアの幼き姿。海月はアルバムの頁をめくりながら、時の流れを感じた。
 ふと、海月は一枚の写真で手をとめた。
「ふふ、この時の糞野郎の顔はなかなかの見物でしたね」
 童顔な彼の顔には似合わぬ意地悪な笑みを浮かべながら海月は呟いた。







*








 それは今から12年も前のこと。当時、アクアは4歳。海月は9歳。その時はまだ海巳もおり、彼女は8歳だった。あの日のことを海月は今でもしっかり覚えている。…おそらく火原ファイも。神は人と比べ、記憶力に良く、生まれた頃からの記憶があるという。稀に母親のお腹の中にいた頃の記憶を持っている者もいるらしい。その為幼かったファイも覚えていてもおかしくない。

「お待ちください!アクア様っ!!」
「ファイ―!リーフ!みづきー!うみねえ!はやくはやくっ!」
 その日はアクア、ファイ、リーフ、海月、海巳の三人で水族館に来ていた。…この水族館で後にアクアとファイが事件に巻き込まれてしまったがそれはまた別の話。
 海月はやれやれ、と溜息を吐きながらも元気なアクアを微笑ましそうに見つめた。
「まったく、あいつばかよねー!そんないそがなくたっておさかなさんはいなくなんないのに!」
「そういうなよ、リーフ。アクアはずっときょうでかけるのをたのしみにしてたんだし…」
 リーフを宥めるファイだが、リーフはそれが面白くなかったらしい。
「そーやってファイはいっつもアクアアクアっていって!ファイはいったいどっちのみかたなのよ!」
 リーフはぷぅ、と頬を膨らませ、そっぽを向く。いじけた時の子供の可愛らしい動作が微笑ましい。
「どっち、って…。そんなの、どっちもおれのたいせつな…」
「あーもう!ほんっと、ファイはゆうじゅうふだんね!そんなんだからだめなのよっ!」
「そーですよー!優柔不断な虫は駄目ですよ!アクア様の傍にいる権利なんてありませんからね!」
 二人の喧嘩を聞いた海月はリーフの増援をする。この時の海月はまだアクアに恋心を寄せていなかったが、アクアのことを大切に想っていたことに変わりはない。その為か何故かいつもファイにつっかかていたのだった。
「んなっ!それをいうならリーフはそんなふうにくちうるせぇからだめなんだよ!それとおっさんは黙ってろ!」
「なによ!?」
「おっさ…!?僕はまだピッチピチの9歳ですよ!?」
「まあまあ、三人とも落ち着いて」
 睨み合い、言い争ってる三人を海巳が宥める。というか、優柔不断なんて言葉どこで覚えたんだか、なんて苦笑いしながら。
「二人とも良いところは沢山あるんだからそんなこと言っちゃ駄目よ。相手の良いところを見なきゃ。ね?」
「「はーい」」
 ファイとリーフはまだあまり納得いっていないような表情だったが、海巳に言われたからかしぶしぶ返事をした。海巳はそんな二人の頭を撫でた。二人とも嬉しそうに海巳姉を見つめた。
「ふふ、良い子ね。わかったらお互いにごめんなさいしなさい?」
「ごめん」
「ごめん」
 海巳はまた二人の頭を撫で、二人の手を握った。
「それと、海月は大人気ないわよ」
「…すいません」
「ばーか!ばーか!」
「もう、ファイ君はそーゆーこと言わないの!」
 そんなことを言いながら四人は笑い合った。
「それじゃあ早く行きましょうか」
「そうね。アクアも待ちくたびれて…アクア?」
 既にそこにアクアの姿はなかった。





*






「うわあ…」
 その頃アクアは一人で水族館内を回っていた。そして様々な海の生物を見ては興奮しているのであった。水の神の血がそうさせているのかもしれない。
「あ、みてみて!あれすごいよ、ファ―――」
 アクアの背よりも遥かに大きい魚を指差しながら振り返った。しかし、そこにファイの姿はない。ファイだけでなく、リーフも海月も、海巳の姿も。
 アクアは急に不安に襲われた。
「ファイ?リーフ?みづき?うみねえ?」
 アクアは水槽から離れ、ゆっくり歩きながら皆の名前を呼んだ。だが勿論返事はない。
「ねえみんな!どこ!?…きゃ!」
 アクアは何かにぶつかり、尻餅をついた。アクアはみんなかもしれないと思い、顔をあげた。しかし目の前にいたのは知らない男の人だった。それも、とても怖い顔の。





*




 海月達は二手に分かれ、アクアを探した。
「…それで?何故僕がこんな糞餓鬼と一緒にアクア様を探さなければならないのでしょうか」
「なんでおれがこんなおっさ…」
 ファイが最後まで言い終わらないうちに海月のパンチが思い切りファイの頭に当たった。グーパンで、かなり大きな音がした。ファイは涙目になりながら、頭を押さえた。
「いってーな!なにすんだよ!!」
「アクア様ー!どこですか!?いるなら返事をしてください!」
 海月はファイのことを無視し、アクアの名を呼ぶ。ファイはそんな海月にイラッときたが、自分より先に海月がアクアを探し出したのが嫌だったらしい。それ以上は何も言わず、アクアを探し始めた。
「おーい、バカアクア!いるならへん…」
 またもや拳骨が飛んできた。流石にファイも怒り、怒鳴ってきた。
「てめぇ、いきなりなにしやがんだ、ばか!」
「馬鹿とは何ですか!馬鹿とは!アクア様は馬鹿なんかじゃありません!」
「うるせぇ!まいごになんのはあいつがばかだからだろ!」
「これは目を離してしまった僕の不注意です。アクア様は悪くありません!」
「ばかみづき!」
「んなっ…!」
「へへ、いいかえすことばもみつからねーか!ばかみづ、」
 突然、海月がファイの口を押えた。ファイは暴れたが、海月が指さした方を見るとすぐに大人しくなった。
 海月が差した方向にいたのはアクアだった。怖い顔をした大男に肩車をされていた。海月はこの状況を見て、今の状況を予想した。―――誘拐だ。海月とファイは頷くと大男の元まで走って行った。
「アクア様を返しやがれ、です!」
 海月はそう叫びながら大男の急所を思い切り蹴った。男がこの世の終わりのような叫び声を上げながら倒れたのは言うまでもない。
 倒れた男につられ、肩車されていたアクアも倒れそうになったところを海月がしっかり受け止める。一方ファイは念には念を。倒れた大男をぽかぽかと叩いているのであった。
「アクア様、ご無事ですか!?」
「みづ、き…?」
 アクアは海月を見るなり、大きな声を上げながら泣き出した。海月はよほど大男が怖かったのだろうと思い、しっかりアクアを抱きしめた。
 そしてアクアが泣き止むとしっかりとアクアの手を握りしめた。
「ばかみづき!おまえ、なになれなれしくアクアのてにぎってんだよ、このへんたい!」
「年上に向かって馬鹿とは何ですか、馬鹿とは!それと僕は変態じゃありませんから!それと、」
 海月はそう言いながらもアクアの手を握ったままだ。そして、海巳達と合流するために歩き出した。
「これはまたアクア様が迷子にならないように繋いでいるのです。アクア様に何かがあったら大変ですから!」
 そう言ってから海月はファイにだけ聞こえるようにファイの耳元で意地悪な笑みを浮かべながら言った。
「嫉妬するくらいなら自分でアクア様の手を握ったらどうです?…まあ、へタレな貴方じゃ無理でしょうけど?」
 ファイは直ぐに「おれだってそれくらいできる!」と言ってアクアの手を握ろうとしたが、結局それをするほどの勇気はなかった。幼いながら手を握るという行為がどういうことなのか分かっていたのかもしれない。この時、ファイがとても悔しそうな顔をしていたのは言うまでもないだろう。そして、そんなファイの表情を見た時の海月の表情も言わずともわかることでしょう。
 ファイが自分からアクアの手を握るくらい積極的になれるのはもう少し先のお話。






























end
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