短編

□平和
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 美代が長崎へ行き、早三ヶ月。八月六日。広島に運命の日がやってきた。美代はその日、空が真っ赤に染まっていたのを忘れない。














*















「ねえ、神様? いるんでしょ?」
 次の日。美代は親戚の家の近くの神社を回り、そう叫んだ。何軒か回ったが、あの時の神様は一向に現れなかった。
「ねえ、神様!」
 また一軒。また一軒と回っていく。それでも神様は現れない。
 歩き疲れた美代は川の辺に座り込み、溜息をつく。そして、川を眺めた。水が太陽に照らされ、きらきらと輝いていた。
 そういえば、神様と初めて会ったのは川だったけ…。美代はそう思い、叫んでみた。
「神様―――――!!」
 …やっぱり、駄目かと思い、美代は俯く。最初に神様にあったのは東京だったのだ。ここでは離れすぎている。
 諦めて帰ろうと皮に背を向けた時だった。強風が吹き荒れ、美代はきゅっと目を閉じた。そしてあの声が聞こえた。
「…全く、煩いね、君は」
「…神、様?」
 そこにいるのは間違いなくあの時に出会った神様だった。着ている美しい服も、顔もあの日のまま、変わらず美しい。ただ、一つだけ違ったのは…。美しい瞳が、冷たい色を放っていた…。しかし、美代はそう感じながらも気のせいだと思い、神に向かって話した。
「ねえ、神様。何でこんな酷いことするの?」
「酷い…?」
「…どうして、人が死ななければならないの…? どうして、お母ちゃんと離れなきゃならないの?…どうして、お母ちゃんが悲しそうな顔をしなきゃいけないの?」
 美代は母親と別れる時、言ったことを後悔していた。母親が辛そうにしてたのも、叩いたのも時間が経ち、冷静に考えてみれば賢い美代にはわかることだった。
 美代の問いに、神様は何も答えなかった。あるのは、ただ、あの日と変わった冷たい神様の瞳だった。
「…お願い、神様。日本を勝たせて。戦争を終わらせて…」
 美代は泣きながら、そう言った。地面の土が爪に入り込むくらい、手を強く握った。それでも、神はあの時のように美代の頭を優しく撫でようとはしない。瞳は冷たいままだった。
「…お前は、母を笑顔にするための努力をしたのか?」
「…え?」
 美代が意味わからない、という顔をした。それでも神は続けた。
「戦争を終わらせる、人が死なない様にする…そんな努力をしたのか?」
「…そんなの、できるわけな……」
「子供だから、か? なら、大人なら何かしたのか…?」
 美代は神様の問いに何も答えられなかった。ただ、呆然として、冷たい瞳を放つ神様を見つめた。
「哀れな人間よ。お前らは知るべきなのだ」
 こんなの、私の知っている神様じゃないよ…。美代はそう思い、更に涙を流した。何が、こんなに神を変えてしまったのだろうか?
「自分たちのした、過ちを。そして、過ちを犯すと、どうなるのかを」
 そう言い、神は消えた。
 神を変えてしまったのは…。
 戦争か? 核兵器をつくり続ける人の頭脳か? 命を脅かし、血を流し続ける人の手か? それとも、戦争をする愚かなる人の心か?
 それとも、その全てか―――?


















































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