頂き物

□夢の邂逅
1ページ/6ページ



少女は不思議な夢を見ていた。


ゆったりとした甘い香りが鼻をくすぐる。

辺り一面には桜のような薄紅色の靄が掛かって、すべてを柔らかく包み込んでいる。

その靄の向こう側には朧げな人の姿があった。

シルエットは細くしなやかで、おそらく女性の物。
今一つ姿がはっきりとしないのに、何故かその人物は確信を持って美しいと言える気配があった。

(あなたは誰……?)

少女は注意深く唇を動かして訊ねる。すると、靄の向こうの美しい影がふいと微笑った気がした。

(え? ……なに?)


美しい女性の影は、にっこりと微笑みながら何かを告げてくる。その言葉はうまく聞き取れないが、紡ぎだされる声は何ともいえない優しい響きを持っていた。


女性の澄んだ声に払われるかのように、次第に靄が引き初めて来た。
薄紅色の向こう側から、だんだんとその姿があらわになって来る。

目を見張るような青く長い髪

異国の風情を纏った艶やかな衣

白い肌の中に埋め込まれた宝石

そして……美しいが何処か無邪気な愛らしさも含んだ笑顔



でも、それ以上はわからない。






「ん……んん〜……」

カーテンの隙間から柔らかい光が差し込む部屋の中で、ノエミはゆっくりと目を覚ました。

「夢……?」

ノエミは柔らかい羽根布団をぽすりとめくると、まだぼんやりした目をきょろきょろとさせて周りを見回した。
ピンク色の壁紙とレースのカーテンが掛かった窓という、普段よく見慣れた自分の部屋の風景。
そこには薄紅の靄も、美しいシルエットも無い。しかし……


「……綺麗な人だったな」

夢が頭の中から掛け離れて行けば行く程、ノエミは夢の中の美しい誰かに想いを馳せずにはいられなかった。





















「っつーわけで、それからアイツずっとあの調子なんだよ」

アランの手にぶら下げられたペンダントの中から、ノエルが呆れた調子でそう事情を説明した。

「夢の中の美しい女性……ねぇ」

アランを……正確には、アランが持っているペンダントを囲んで、イシュトヴァーン、モーガン、アサドの地上派遣従者組は揃って首を傾げた。

「ともかく、その夢の為にノエミはぼんやりしていて、貴方は危うく宮殿のはしっこに忘れ去られそうになったと言うわけですね」

アランが話の経緯を纏めると、ノエルはまた不機嫌そうに愚痴を溢した。

「そーだよ、まったく冗談じゃねえ。何処の世界に兄貴置き忘れて夢の女にうつつ抜かしてる妹が居るってんだ」

「俺がノエミの立場だったとして、100パーセント夢の美女を優先してお前を置いて行くぞ」

ノエルの嘆きを慰めるどころか、モーガンはきっぱりと身も蓋も無い事を言い放った。
それを耳にして、更にノエルは苛立ちの色を濃くした声を張り上げる。

「うるせぇスケベ蟹、俺様の妹をてめぇと一緒にすんな」

「お前にスケベとか言われたくねぇよ!!」

売り言葉に買い言葉で、あっという間に2人の間でケンカが成立する。
その様子を見て、アランは溜め息をついた。

「いい加減にしてください。今そういう話してたんじゃないでしょう」

「まぁ、病気とかではないからそんな心配する事はないだろうが、大分ぼんやりしてるから少し気をつけてあげた方が良いかもな」

アサドがそう言うと、ケンカや溜め息をやめて全員頷いた。

「確かに、話し掛けても上の空だったもんな……ずっと何か厚ぼったい本眺めてたし」




















イシュトヴァーンが丁度そう口にしていたのと同じ頃、当のノエミは神々の宮殿の庭先で何冊かの本を順番に眺めていた。

「そう、確かこんな感じの服装してた……」

特定のページで手を止めて、ノエミは呟く。開かれたページにはノエミの暮らす国からは遠い、遥か異国の伝統的な衣服の写真が載っていた。
いつものように天へと来る前に図書館で借りてきた世界の国の文化を載せた図鑑を手に、ノエミは再びぼうっとその写真を眺めた。
天の園の柔らかな風がノエミの髪や肌を優しく撫でる。
その優しい空間に身を置くうちに、ノエミはいつしかゆったりと微睡み始めていった。






次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ