学園祭-前半-(20)

□瀬戸内×幸村
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「そうか。それならば仕方ない」

「チッ…こいつと同類ってのが気に食わねぇな」



彼らは引き下がってくれると思っていた。いや、そう思わずにはいられなかった。

幸村の目の前で起こっている非現実的な出来事は、その方面での知識が可哀想なほど乏しい幸村にとって、理解不能なものでしかない。

家に帰ろうと教室を出た矢先、突然この2人の先輩に呼び出された。どちらも顔見知りだった。

というか、幸村の所属する委員会の長と副長だ。その委員会の集まりがある時はいつも口喧嘩していて、まったく話が進まないのも有名である。

件のそれは保健委員なのだが、部活でしょっちゅう怪我をする幸村自身、手当ての方法など覚えておいても損はあるまいと進んでなったものだった。しかし、昔っから旦那は不器用だからねぇと笑う幼馴染の心配通り、ろくに役にも立っていない。

包帯ひとつ巻くのにだってコツが要る。自分のは平気だけど、他人の血が実は苦手だという致命的な欠点も知った。

だからこそ、このままではダメだとこの2人の先輩方に相談し、快く引き受けてくれて何かと世話を焼いてもらった。その事に関しては大変ありがたく思っている。彼らはじきに大学受験のシーズンに突入する多忙な身である。幸村のように入学一年目のひよっこではない。なのに彼らは、幸村が困っているならばといつだって手を貸してくれる。

特に副長の元親は、むしろ保健室送りにする方が得意なんじゃないだろうかと思うような外見なのに、その実とても繊細で丁寧で、手ほどきを受けた幸村自身とても驚いたものだ。長の元就はそのまま医者にでもなれるのではないかという位、医学の知識に長けていた。

2人とも幸村にとって尊敬できる先輩、といった印象でしかなく、確かに憧れていたけれど。

まさかこんな事になるなんて。



「も、申し訳ございませぬ…」

喉奥から搾り出すように言うと、目の前の2人はそろって苦笑した。分かっていた、という表現かもしれない。

「なに、構わん。驚かせた」

ノーフレームの眼鏡をくいっと引き上げて、元就が笑む。幸村はこれほどうろたえているのにこの余裕はなんだ。その元就の隣では、銀の髪をガシガシと掻き回し、あーだのうーだの唸っている元親が居る。

まったく相反する性格を持つこの2人に、斯くもそろって想いを告げられるとは思っていなかった。好きだ、呼び出された空き教室で、唐突に告げられた。一瞬思考が止まった。これは何の夢だろうか。頬を引っ張っても痛いものは痛い。

だが冗談でござるかとは聞き返せなかった。2人がこれまでに見たことのない、真剣な顔をしていたからだ。

好きも何も、告白自体が初めてであった幸村は返事に迷った。

2人の事は、嫌いではない。

けれど、どちらかを選べというのは酷な話だ。まだこれが、どちらか片方からだったら…

そこまで考えて止めた。嫌いではないけれど、お付き合いしたいとか、そういう感情は持っていなかった。ただ、先輩として憧憬の目を向けていただけだ。そんな半端な感情で良い返事なんてできない。だからこそ幸村はこう言った。

『元就先輩、元親先輩……

それがしには選べませぬ』

と。精一杯のお断りの言葉を述べたつもりだ。どちらも傷付けないように。きっぱりと、ごめんなさいと言えなかったのは不思議だった。ただ、この2人との繋がりが途切れるのが嫌だっただけなのかもしれない。

 
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