07/22の日記
21:15
慶幸@
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「幸ちゃ〜ん。じゃあ行こっか」
「う、うむ…」
慶次がひょっこりと部屋の中を覗くと、少しばかり不服そうな表情をした幸村が忙しなく着物の裾を靡かせていた。
着物…というには、些か作りの軽いもの。薄目の布で拵えたそれは、俗に言う浴衣と呼ばれるもので。しかもそれが、女物とくれば幸村とていい気分ではない。
「あの…他には無かったのでござるか?」
「しょうがないだろ。だって、俺の浴衣なんて大きくて合わないし…」
そもそも幸村が、こんな格好をさせられているのには理由があった。
たまにはさ、俺んトコおいでよと例の如く上田を訪れていた慶次に何気なく言われた。逢瀬と言えばいつも上田だったし、その時居たのも幸村の屋敷だ。土産に団子や大福をもらい、茶を啜って長閑に過ごす。たまに気が向いた時は手合わせしてみたり、夜も更ければ褥の上で…
「ぅぎゃああああ!!」
「なっ、なんだい幸ちゃん?」
前に逢った日の夜の事を思い出し、幸村は首まで真っ赤にさせた。
そうなのだ。慶次と己は、そんな関係を結んでいる。こういうの、恋仲っていうんだよと慶次は言った。一応幸村にも自覚はある。慶次を好いているし、一緒に居て心地良いのだ。何事にも縛られない自由さが、少しばかり羨ましかった。慶次と居ると新しい発見ばかりで、自分がどれだけ見聞が狭かったのか思い知らされる。それでも悪い気はしない。ゆっくり、色んな事覚えていこうよと手を取ってくれたから。
(それでも…この仕打ちは…っ)
約束通り京へ赴き、慶次が宿代わりにしている旅籠に幸村も滞在していた。今日は祭があるから一緒に出ようと誘ってくれたのはいいが、はいこれ着てみてと手渡されたのは女物の赤い色をした浴衣。
確かに袴姿で祭りに出るのは場違いな気がしたし、動きにくくはある。だが、だからと言ってこれは無理があるのではなかろうか。何故か丈はぴったりだけれども。
「そ、そもそも、何故ここに女物の浴衣があるのでござるか」
「え」
これは誰ぞのお下がりでございますかな。大きな目を据わらせて、幸村が慶次を睨む。
「…あ、今ちょっと妬いた?」
「何も焼いておらぬっ」
「あーなんか会話噛み合ってねぇ気がする!」
違うよ、幸ちゃんが気にしてる事はなんも無いんだからね。旅籠で持ってるやつ借りたんだよと慌てて説得してみせる。しばらく幸村はつん、とそっぽを向いてしまっていたが、こんな所で拗ねても仕方ないと仕返しとして慶次の鼻を抓ってみせた。
「痛たたっ!」
「団子10本で堪忍致す」
「分かった!幸ちゃんの好きなだけ買ってあげるから!」
「うむ。約束でござるぞ」
そう言って悪戯に微笑んで、下ろしたままの髪に手櫛を通した。さすがにこのままでは人込みの中、散々な目に遭いそうだ。いつも通りに結び上げようと、背に散った髪を掻き集める。
つづく
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