本気で愛して居たからこそ
裏切られたあの時、余計に苦しくて悲しくて辛くて。
だから、今度こそ絶対に好きにならないと決めたのに。
誰にも心を許したくないと、確かにそう思ったのに。
其れなのに―――
「…‥人生とは、残酷な物だな」
再び薄情の代名詞とも呼べる男を愛してしまった自分に、ほとほと愛想が尽きると
彼女は心から後悔していた。
『今日で世界が終わることを切に願う』
「閻魔様、最近花街に行かれる頻度が減りましたな」
「‥‥‥そうか??」
カリカリと
万年筆がひっきりなしに音を立てて書類の上を行き交いする。
其れを感心感心、と言わんばかりにじっとトゥルダグが眺めていれば
「そんなに見詰められると仕事し辛いであろうが」
「!!!!!」
「其れとも‥今までの様に見張っておらんと心配か??」
クッ、と
人を小馬鹿にする様な妖艶な笑みを浮かべて微笑んでみせる閻魔大王の表情が目に飛び込んできて。
其の、一瞬で女がコロッと堕ちるであろう色気のある笑みに思わずトゥルダグでさえも顔を赤らめる始末だった。
「あ、当たり前でしょうっ///真面目になった振りをした貴方に何度逃げ出された事か。今度も騙せると思ったら大間違いですぞ!!」
だが、怒りに任せた早口な其の言葉にも閻魔大王は快活に笑いながら
「騙すとは人聞きの悪い‥勝手にお主が騙されたのであろう??」
などと言って再び万年筆を走らせる。
其の優艶な仕草に比例する様に、今までとは比較にならない位愉しそうに仕事をこなす閻魔大王を目の当たりにさせられたトゥルダグは
―――珍しい事もあるものだな。
などと妙に感心してみせた。
今まで、此のサボり癖の染み付いた地獄の主を一時間以上執務椅子に座らせる事は困難を極めた。
にも関わらず
「トゥルダグ、終わったぞ」
「え‥‥??もう、ですか??」
溜め込んだ仕事を数日で終わらせたばかりか、毎日こうして机に向かって仕事をこなす主の変わり様に、トゥルダグは喜ぶどころか違和感を覚えて首を傾げるばかりだった。
「本当に終わったのでしょうな??」
そう言って、最初から疑って掛かる腹心に対し
閻魔大王はまたもや優艶な笑みを浮かべて
「確認すれば良かろう」
と、躊躇せずに書類を手渡した。
そして訝しげに書類を受け取ったトゥルダグが眉を顰(しか)めながら目を通せば
「…‥ちゃんと終わっている?!」
彼の言った通り、与えられた仕事は予定時間よりも幾らか速く終えられていた。
「全く。主人を疑うなど腹心として情けない限りよ。だがコレで分かっただろう??我が本気を出せば此の通り時間内に終わるという事がな」
「…‥‥その様ですね」
だったら今までも溜め込まずにちゃんとやっていれば良かったでしょうに!!
得意げにそう述べる閻魔大王に対し、心の中で叫ばずには居られない程トゥルダグは心底呆れ返るばかりだった。
しかし彼の主人は怪訝そうに見詰めて来る腹心など気にも留めず
「ではな」
と言って、徐に立ち上がるとさっさと部屋の外へ向かって歩き始めてしまった。
まるで逃げる様に。
そんな不可解な主人の行動に興味を示したトゥルダグが
「閻魔大王様。時にどちらへ向かわれるのですかな??」
と聞いても
「お主には関係なかろう。其れとも‥我に気でもあるのか??」
クスッと悪戯に笑って誤魔化されるだけ。
其れが悔しくて、でも憎めない愛嬌溢れる其の笑みに弱かったトゥルダグは
「何を馬鹿な事を‥そんな事ある訳無いでしょう」
と、軽くあしらってみせたのだ。
けれど不思議と上機嫌だった閻魔大王が追い討ちを掛ける様に
「だろうなぁ。どうせ過保護なお主の事だ。我の私情にも口を挟みたいだけであろう??暇な奴よ」
ハハハ、と笑いながらそんな事を言い出すので。
当たらずとも遠からずだったトゥルダグは其れでも認めるのが悔しかったのか
「いいえ、滅相も御座いません。仕事外の事まで口を出すなど野暮な事は致しません。余程の理由が無い限りは」
ぴしゃりと手厳しい口調で宣言してみせたのだ。
尤も、女遊びだけは相手が誰であろうと散々控えろだの止めておけだの口出ししていたのだが。
「そうか。なら後は任せたぞ。何かあったら呼んでくれ」
「畏まりました」
そう言って、主人である男はそそくさと部屋から出て行ってしまった。
途端にしぃん‥と静まり返る室内。
其れを寂しく思いながら
「…‥怪しい」
いつもと全然違う真面目な勤務態度の閻魔大王を心から怪しむのだった。
まさか彼が
愛しい花の精と共に過ごす時間を少しでも多く確保しようと仕事に打ち込んでいた。など夢にも思わずに。
※続きます