着替えを終え、合流した三人は客間に居た。大きなスプリングのよくきいたベッドには子分達が仲良く寄り添って眠っている。その前に在るソファにはジェネルが腰掛け、その背もたれに座る様にロビンがもたれていた。そしてペティはベッドに肘をついて眠っている子分達を見つめていた。

「トゥインさんとジェミニさん、大丈夫でしょうか?」

心配そうに覗き込むペティの視線の先には食べ物の名前を寝言で呟きながら、幸せそうに眠る子分達。そんな三人を呆れた表情で見つめるジェネルと、そんな彼女を嬉しそうに見つめるロビン。

「二人なら大丈夫だから、そろそろ戻らない?挨拶回りだけでも終わらしておきたいんだけど……」

ジェネルの言葉を聞いているのか居ないのか、ペティは子分達の頬をつつき始めた。

「大丈夫だよハニー。皆ゆっくりしていると思うよ?」

「……面倒なことは早く終わらせたいのよ」

「そうかい?では戻ろうか。ペティ、そろそろつつくのやめて上げないと、二人の頬が御猿のお尻になってきているよ」

「へっ?!あああ!!!どどどどうしましょうジェネルさん!お二人の愛らしいほっぺが真っ赤に!!」

「あんたがしたんでしょう……とにかく二人なら大丈夫よ(多分)。だから早く終わらせて帰りましょう」

ジェネルの言葉が聞こえていないのか、ペティが子分達を慌てて抱きしめると、少しカエルがつぶれたような鳴き声がした。

「ペティ!その子達一応あたしの子分なんだから潰さないでよ?!」

少し心配になってそう叫ぶと、ペティはパニックを起こして部屋の中を走りだす。

「……変態公爵、何とかしてよ」

「ハニー!僕を頼りにしてくれるんだね!!愛しているよ!」

とても嬉しそうにそう言うと、走りまわるペティを軽やかに避けながら愛を叫ぶ。

「良いから、早くしてくれない?」

それを冷たくあしらって溜息を吐いて額を押さえた。

「解ったよ、ハニー♪さぁ、ペティ!カウント伯爵達を待たせているのも事実だし、そろそろ広間に戻ろう。ひっくり返してしまった彼らへの料理もまた取りに行かなければならないしね」

ロビンがそう言うと、ペティの動きがぴたりと止まる。

「ん?もしかして変態公爵に投げつけた料理ってこの子達に持ってこようとしてたの?」

「はい!お二人はとてもお料理を楽しみにしておられたので!」

「その前にペティ、投げつけた所を否定してくれないだろうか?」

ロビンの言葉を完全に無視して、ペティは続ける。

「とても美味しい料理が多くていっぱいいっぱい取ってくれば、お二人は喜んでくれると思いました!」

ペティ独特の愛らしい笑みを向けられて二人は苦笑した。

「そう、ありがとう。この子達の為に」

「まるでペティは二人のお姉さんのようだね」

「えっ……?弟ってこんな感じ何でしょうか?一緒にいると凄く温かくて、嬉しくて、楽しくなるんです」

ロビンの言葉に抱きしめていた二人を見下ろして、最後にとても愛おしい者を見るような表情で笑った。

「家族ってそんな感じ何じゃないかしら?」

「家族……」

「あんたもあたしの家族じゃない」

「えっ?」

「だってあんたもあたしの子分なんでしょ?」

そう言って笑えばペティは何の戸惑いもなく頷いた。

「はい!」

「……子分で良いんだね」

その素直さに軽く息をはいて、ロビンは肩をすくめて見せる。

「さて、本当にそろそろ戻ろう。休憩が出来るのは今日だけだからね。特にペティ、体が元に戻れば、君がつきあっていかなければならない方々ばかりだから名前と顔、会話は必ず覚えておくようにね」

 ロビンの言葉にペティは真剣な顔で頷いた。それを見てロビンは、次にジェネルに向かって真剣な表情で口を開いた。

「そしてハニー。君は僕以外を愛してはいけないよ」

「……一回頭の螺子探してきた方が良いんじゃない?」

 真剣な表情で向き直っていたジェネルは溜息と共に視線を外した。

「まぁとにかく、行くわよ」

 ソファーから立ちあがったジェネルの腕をロビンが掴む。それを振り払おうと動かした腕は固定された。

「ハニー、そのまま。バロン男爵に何かを尋ねる時は最後に『かな?』とつけるんだ。大丈夫かな、良いかな、どうかな?とかね」

「えっ?」

「じゃあ行こうか!」

 振り向こうとするジェネルの横を通り過ぎてペティに近づく。

「さぁ、そろそろ二人を降ろしてあげた方が良い。預かろう」

「あっ、はい」

 ペティの手から子分達を受け取ってベッドに戻すと、足早に扉を開けて退室を促した。

「さぁ、行こうか」

 そして三人が広間に戻ると、中央に煌びやかな人だかりが出来ていた。その人だかりを見てジェネルはボソッと呟く。

「……何、あれ?」

「言葉遣い」

 すぐにロビンに注意されて、少しムッとした表情をしてから作り笑いを浮かべて言いかえる。

「デューク閣下、あれはなんでしょうか?」

 ぶっきらぼうに読み上げられる言葉にロビンは苦笑を洩らす。

「中央で頭一つ分出ている顔に見覚えはないかい?」

「……ケニー・バロン?」

「言葉」

「……ケニー。かな?」

 表面上だけ愛らしく小首を傾げれば困った表情で溜息を吐いた。

「バロン男爵はとても格好いい方だ。彫りも深く整った顔、高い身長に均整のとれた体格。そして未来の伯爵。淑女の間ではとても人気の方だよ。しかも誠実な方だ。とても誠実でとても紳士的な方だ……昨日までの印象は」

「……昨日まで?」

「あまり話したことがない方だったからね。いつもカウント伯爵の後ろに静かに控えておられて、言葉を直接交わすのは片手で数える程しかない。人と会話する時の対応や表情の変化を見ているととても誠実な方だ。だけど今日の会話で判ったのはとても正直者だね」

「正直者って?」

 問いかけるジェネルにロビンはペティに視線をやった。

「ペティ」

「はい!」

 ロビンの視線と、呼びかけにペティは元気よく返事を返す。

「バロン男爵は君をとても大切に甘やかしていたんじゃないかな?叱られたこともないんじゃないかい?」

「えっと……叱られた事は、ないです。小父様にはよく叱られました。その時はよく背中に庇ってくれていました」

「彼は自分の大切な者に害があると判断すると、容赦なく攻撃してくる。ペティ、気をつけるんだ。良いね?」

「えっと、はい。よく解りませんが解りました!」

「それって解ったの?解ってないの?」

 ペティの返事にジェネルは呆れた表情で彼女を見つめる。

「まぁ、解ってないだろうけれど、ペティならのらりくらりとかわすと思うよ。とにかくバロン男爵はとても真っ直ぐな方だよ。とても人気がある方だからやっかみを貰わないように気をつけるんだよ?」

 ジェネルにそう言えばとても嫌そうな表情が返ってきた。

「そんなのあたしのせいじゃないじゃない?」

「まぁ尤もな意見だね。でもそんな理不尽も受け流せるだけの器量がなければね。義賊ジェネルに出来ないことはないんだろう?」

「……あんたに言われると腹が立つわ。まぁやってあげるわよ。絶対ギャフンって言わせてあげる」

 そう言って自ら先頭を切って広間に入っていってしまった。

「ペティ、挨拶回りの間は必ず近くに居て貰えるかい?本来はハニーではなく、君に紹介する方々だからね」

「あっ、はい!」

「では行こうか」

 少し緊張した面持ちのペティに優しく笑いかけて、ジェネルを追うように二人も広間に入って行った。
カウント伯爵とバロン男爵と合流した三人は、広間から始まり、薔薇園、ゲームテーブルの置かれた別室などを回り、挨拶回りを済ませてバルコニーへ出た。

「ペティ、大丈夫かい?」

「えっ、ええ。大丈夫」

 外の空気を肺いっぱいに吸い込んで一息吐いたジェネルを見て、心配そうに覗き込んできたのはケニー。

「なら良かった」

 安堵の表情を前面に出すケニーにジェネルは少し戸惑う。

「少し休もう。園に降りれば腰をかけれるからもう少し頑張って」

 そう言ってバルコニーから薔薇園へ下りる階段へ手を引かれ、エスコートされる。戸惑いながらも引かれるままに園に降りて行く。

「申し訳ありません……閣下の許可も取らず、不躾な息子で……」

 表情を強張らせてカウント伯爵がロビンに声をかける。

「普段はああではないのですが……」

「確かに、いつも伯爵の後ろに居られる静かな印象と今日はかけ離れておられますね」

 挨拶回りの間ジェネルの肩を抱き、離そうとしないケニーを思い出して苦笑した。

「でも、それだけマーキス侯爵令嬢のことを大切にして居られるということ。咎める対象ではないでしょう」

「温情深い御言葉、ありがたく頂戴致します」

 ロビンの言葉にカウント伯爵は深々と頭を下げた。

「それよりも長く連れ回してしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「いえ。申し訳ございませんが、この後私は皇太子閣下の夜会へ招待されておりますので、これで失礼させて頂きたく思います」

「あっ、はい。本当にありがとうございました」

「……愚息は―――」

「出来ればまだいて頂けると助かるのですが……」

 少しどうすべきか戸惑いを見せたカウント伯爵の言葉を控えめに遮ってロビンが言葉を被せれば、少し肩の力が抜けたカウント伯爵が再び深々と頭を下げた。

「仰せのままに」

「それではお送りします。ジェネル、少し席を外すのでペティ達をお願いします……間違えても一人で階段は下りないようにね」

 そう耳打ちしてロビンはカウント伯爵と共に屋敷の中に入って行った。その様子を椅子に腰かけながら視界に入れたジェネルの緊張が高まる。そんな中、腰かけたジェネルの前にケニーが膝まづいて覗き込むように見上げてきた。

「顔色が良くない……本当に大丈夫かい?」

「えっええ……きょっ今日はちゃんと挨拶出来てたかな?」

「ああ、大丈夫だったよ。俺がデビューした時よりちゃんと挨拶も話も出来ていたと思うよ」

 切り返された答えに少しホッと安堵の溜息を洩らせば、とても優しい笑顔を向けられた。

「俺なんて緊張し過ぎて自分の名前で噛んだぐらいだからね。バロン男爵をダロン男爵って言って。挨拶をした侯爵夫人に笑われてしまったよ」

「ダロンって」

 少し噴き出す様に笑うジェネルにケニーがとても嬉しそうに笑った。

「ペティが笑ってくれて良かったよ。恥をかいたかいがあったってことかな?」

「えっ……」

「少しは緊張がほぐれたかな?」

 そう言ってケニーはジェネルの手を取り、恭しく口づける。それに驚いて固まったジェネルを見上げてケニーはとても辛そうに笑った。

「小父上が亡くなって以来、君が落ち込んでいると解っているのに傍に居られなかったこと、凄く後悔してた」

 ジェネルの両手を大きな手で包み込むと、まるで懺悔する様にその額に当てた。

「凄く心配だったんだ。だから今日、元気な君の姿を見れて、少しでも役に立てたならとても嬉しいよ」

 断罪を受けるように顔を上げないケニーに戸惑いながら何かを言わなければと口を開く。

「きょっ今日は凄く助かりました。本当に、ケニーがずっと隣にいてくれたおかげで心強かったから」

 ばれないかとハラハラしていた気持ちを隠してジェネルが安心させるようにそう言えば、ケニーはゆっくりと顔を上げた。

「本当に?こんな俺でも役に立てたんだね。凄く、凄く嬉しいよ。ありがとう」

 ケニーの言葉にぎこちなく頷きを返せば、とても幸せそうに笑った。その笑顔にジェネルの鼓動が跳ねた。

「えっ、あっ……こっこちらこそ、あっありがとう……」

 ジェネルの頬が少し朱に染まり、視線を泳がせた。

「はぁ〜俺も少し疲れた!隣に座っても良いかな?」

 嬉しそうな笑顔のまま、砕けた様子でジェネルに問いかける。ジェネルが軽く頷くと、彼女の右手を掴んだまま隣に座った。

「本当に良かった。でもペティが侯爵か……俺より位が上だね。今まで通りとはいかないんだろうな……」

「えっ?」

「流石に自分より位が上の人にこんな言葉遣いは使えない……」

「べっ別に構わないじゃない!」

 慌てて声を荒げると、ケニーの右手がジェネルの頬にかかる。その優しい手つきにジェネルの鼓動が再び跳ねた。

「……ありがとう。じゃぁ、プライベートは今のままでも許してくれるかい?」

「もっ、勿論」

 ジェネルの言葉に少し幼く見える笑顔で笑った。

「良かった。本当に良かった」

「あっ、あの。手……」

 恥ずかしくなってそう言えば、ケニーは少し残念そうな表情に変えてから右手を降ろした。

「こっちの手はお互いの体で見えないし、もう少しだけこのまま……」

 そう言ってケニーの手に力が込められる。居たたまれない思いを押しとどめて少し顔を伏せて、視線を泳がせながら静かな時間が過ぎていく。そんな二人を微笑ましそうに見つめていたのはバルコニーから薔薇園を見つめるペティだった。そんな彼女の肩に手が置かれた。

「ちゃんと、待っていたんだね」

「あっ、おかえりなさい、公爵様」

 とても嬉しそうに言葉を返すペティに、ロビンは首を傾げる。

「ん?とても嬉しそうだね」

「はい!ケニーとジェネルさん、とても仲良くなって下さったみたいです!」

 そう言われて薔薇園に視線をやると、砕けた様子のケニーと挙動不審のジェネル。それを見てペティを見やる。

「……ペティ、君は何も感じないのかい?」

「えっ?とても嬉しいですよ!」

 愛らしくとても素直にそう切り返されて、ロビンは苦笑する。

「例えば、バロン男爵をとられたみたいで淋しい、とか?」

 ロビンの質問に本当に意味を理解していないのだろう、首を傾げる。それを見て少し同情を込めた視線をケニーに送った。

「……いや、まだ君には早かったみたいだね……ごめん。バロン男爵も大変だね」

「ケニーが大変なんですか?困っているなら相談してくれれば良いのに……」

 少し淋しそうに呟くペティに心の底からケニーの恋路を心配するロビンの耳に屋敷の中から会話が聞こえてきた。その内容を理解すると表情に笑顔を貼り付ける。そして近くの燕尾服の男に視線をやれば、何も言わずとも進みでてきた。

「ペティ、すまないが、彼と一緒に気に入りの料理を盛って子ども達の所に先に戻っていて貰えるかい?」

「はい!」

 とても嬉しそうな返事を聞いて、進み出た男にペティを任せると、屋敷の中に入って行った。
 静かな時間が過ぎて、少し肌寒くなってくる。すると少し指先が震えたのか、ケニーが気づいた。

「寒いかい?」

「えっ、ええ、少し」

 ジェネルの言葉に腰を上げ、繋いだままの手を軽く引いて立ち上がらせる。

「あっ……」

「そろそろ入ろうか?」

 手から伝わる温もりに神経を持っていかれて、静かに頷くだけに留まった。歩く速さをジェネルに合わせてくれるケニーにドキマギしながらバルコニーの階段を上がっていく。広間の中はとても温かく、一人を中心に人だかりを作っていた。

「あら、バロン男爵がお戻りになりましたわ」

 一人の女性がそう言えば、人だかりの視線が二人に集まった。

「では皆様、そろそろお開きに致しましょう!本日は急なことにも関わらず、お集まり頂きましたこと、心から感謝の意を。今後もどうぞ末永くお付き合い頂けますことをお願い申し上げます!」

 そう言って人だかりの先で優雅に一礼するロビンの言葉に皆が拍手を送る。

「それでは皆様を玄関先でお送りさせて頂きます。また、後ほど」

 拍手が鳴り止まぬうちに、ロビンは広間を出て行った。

「流石デューク閣下、時間を忘れて聞き入ってしまったよ」

「本当に公爵様はお話が御上手ですわね」

「あの容姿に紳士的な振る舞い、神は二物も三物も与えられるのですわね」

 そんな会話を喜々としてする人々が広間を出て行く。何が起こったのか判らないジェネルはそのまま固まったまま動けなかった。そんな中、一人のメイド服の女が二人に近づいて来た。

「失礼致します。マーキス様、バロン様。御主人様より別室で御待ち頂くように仰せつかっております」

「……解った。案内して頂こう」

「かしこまりました」

 ケニーの言葉に女は歩を進めた。

「……行こう、ペティ」

「えっええ」

 女を追ってケニーがジェネルの手を引く。つれてこられた先は客間。ペティ達がソファーでくつろいでいた。

「あっ!親分だ!!」

「親分だ!」

 子分達はジェネルを見るなり、駆けよってきた。

『親分!すっごく料理美味しかった!』

 二人声を揃えて幸せそうに笑う子分にジェネルの緊張が完全にほぐれた。

「親分?」

「えっ、ええ。知り合った時に色々あって、親分って……」

「へぇ〜君達、名前は?」

「おいらはトゥイン!」

「あたいはジェミニ!」

 目線の高さを合わせて尋ねるケニーに、元気よく手を上げながら名乗る子分達に絆されたようにケニーも笑う。

「俺はケニー。よろしく」

「よろしくな!」

「よろしくね!」

 新しいメンバーに二人はケニーの周りを飛び跳ねる。

「わわっ、こらこら、危ないって」

 口では注意する言葉を発するケニーの表情はとても穏やかで楽しそうだ。その笑顔に、またジェネルは見惚れた。

「ケニーはとても子ども好きなんですよ」

 子分達とケニーが仲良くしているのが嬉しいのか、少し嬉しそうな声でペティがジェネルに耳打ちする。

「へっ?!」

 ペティが近くに来ていたことに気付かなかったジェネルは素っ頓狂な声を上げた。それと同じくして客間の扉が開く。

「おっと……どうかしたのかい?変な声を上げて」

 扉から顔をのぞかせたロビンが少し戸惑った声を上げた。

「なっ、何でもない、何でもない!」

「?そうかい?ではお疲れだろうから、そろそろ帰ると良い。見送るよ。君達で最後だ」

 慌てて何もないと繰り返すジェネルに首を傾げながらロビンは友好的な笑顔でそう切り出した。

「あの、私達が呼ばれた理由は?」

「あっ、申し訳ない。マーキス侯爵令嬢とジェネル達は共に来たのでこちらで合流して頂く為だけにお通ししたんです。紛らわしいことをしてすみません」

 本当に申し訳なさそうにするロビンにケニーは慌てて首を振る。

「あっ、いえ、すみません。知らなかったので……失礼致しました」

「そんなに改まらなくて結構ですよ?確か年もあまり変わりませんし」

「そう言うわけには……それに先程は、とても不躾な態度を取ってしまって申し訳ありませんでした!」

 勢いよく頭を下げるケニーに、ロビンは苦笑する。

「気にしないでください。大切な人が振り回されているのを見て平気な方はあまりいらっしゃらないでしょう。こちらに非があるので、バロン男爵の態度は尤もだと思っていますよ。どうぞ顔をあげてください」

 そう言ってケニーに顔をあげるよう促すと、彼は恐る恐る顔を上げた。

「さぁ、明日も早いでしょう。お見送りします」

 視線が合った瞬間、ロビンはとても嬉しそうに笑うと、扉を開けて退室を促す。

「行こう、ペティ」

 ケニーとジェネルの後を追うようにペティと子分達が出る。

「あっ、君達、走っては駄目だよ?」

『は〜い!』

 駆けだそうとする子分達にケニーがそう声をかけると、駆けだそうとした足を止めてゆっくり歩きだす。それを見てロビンは気づかれないように面白そうに笑った。ジェネル達を馬車に乗せ、自らの馬車に乗るケニーを見送った後、屋敷に入るなりロビンは大きく息を吐いた。

「お疲れのご様子ですね。本日はおやすみになられますか?」

 ロビンの溜息を聞きつけて、傍に控えていた初老の男が声をかける。

「あっ、大丈夫です、まだ仕事も残っていますので。ありがとうございます」

「さしでがましいことを申しました。失礼致します」

 そう言って男は下がった。

「……比較的無事に済んで良かった」

 誰に言うでもなくそう呟くと、自室に戻って行った。


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