あれやこれやとドタバタクッキングの末に出来た料理を皆で囲む。ロビンの分の料理を子分達が狙ったり、ペティがシルバーを折ったりと賑やかな食事の後、お腹いっぱいだと椅子に座ったままのジェネル達の元に何処からか上品な香りが漂ってきた。

『良い匂い〜』

「紅茶、ですね?」

子分達の言葉にペティが答える。

「紅茶?」

 あまり馴染みのない名前にジェネルは聞き返した。

「はい、そう言えば公爵様が居られませんね」

「呼んだかい?」

ひょっこりと開け放ったままの扉の向こうから顔をのぞかせたのはロビン。その手にはワゴンが握られていた。

「これは?」

「ティーセットだよ。話もあるし、紅茶を飲みながらと思ってね」

そう言ってティーポットから茶色い液体を注ぐ。

「どうぞ、ハニー。君にはほんのり甘めのストレートを」

優雅な動作でジェネルの前にソーサーに乗せて置く。

「どうぞ、淑女。君にはミルクたっぷりのミルクティーを」

「ミルクティー、私好きなんです!」

「ええ、生前マーキス卿からお聞きしました。ミルクティーが大好きだと」

懐かしむように目を細めるロビンに、ペティの表情にも懐かしそうな色が見える。

「さて、お次はお子様達」

『おこさまじゃない!!』

わくわくした表情で見上げていた子分達をからかうようにそう言うと、紅茶とは別にマグカップも置かれた。

「ミルクとはちみつ、砂糖たっぷりの紅茶と、特別にミルクココアを用意したよ」

『とくべつ!?』

特別の文字に子分達の目が輝く。

『わ〜い、ありがとう変態公爵!』

「だから変態はやめなさい……」

ロビンの言葉を完全に無視して子分達は紅茶を飲む。

「うまい!」

「おいしい!」

「それは良かった。はちみつは入れてはいるが紅茶の苦みを消せるか不安だったんだよ」

「公爵様はお父様がおっしゃられていた通り、紅茶を入れるのが御上手なんですね」
ミルクティーに口を付けて、とても嬉しそうに笑うペティにロビンは恭しくお辞儀を返す。

「気に入って頂けたなら光栄だ。おかわりもあるから言ってくれると嬉しいよ」

「はい!」

『おかわりー!』

「君達はココアが先。多分ココアの方が気に入るだろうからね」

ティーカップをロビンにつきだす子分達にマグカップを持たせてその腕を押し返す。

「おっと、唐突だが話をしても良いかな?今回の状況について」

「ん?そう言えば原因知ってるって言ってたわね」

「えっ?そうなんですか?」

話を急に切り出したロビンにジェネルが口を付けていた紅茶を置いて向き直る。

「そうだよ、ハニー。おそらく原因は僕にある。ハニーをこうして抱きしめて―――」

「ふざけてないで話を続ける」

真剣な顔から一気に破顔したロビンの攻撃を軽やかにかわして、椅子に抱きつく形になった彼の背中を踏みつける。

「……つれない……解ったよ」

溜息をついてジェネルに足をどけてもらって居住まいを正すと、ロビンは話し始めた。

「おそらくハニー、君が食べた飴に原因があるんじゃないだろうか?」

「……飴?そんなの食べた……ってあんたが無理やり食べさせたんじゃない!?」

思い当ったのか、顔だけこちらに向けているロビンの頬を引っ張る。

「ふぉうなんら。はのはへはふぉれふふりふぉひひて―――」

「何言ってるかわからないから、もう一回」

そう言って引っ張っていた手を放した。ヒリヒリするのか、ロビンは左手で頬を擦りながら、口を開いた。

「酷いな……まぁ、とにかくあの飴はとある商人に惚れ薬と聞いて買ったんだけど―――」

「そんなものをあたしに食べさせたの?あんた!!」

「まさか、人格が入れ替わるだなんて夢にも―――」

「ちょっと待って、じゃあトゥインとジェミニも入れ替わって―――」

「いや、彼らは二人とも食べているから入れ替わっても元に戻ってるんじゃないかな?」

慌てたジェネルにロビンが冷静に切り返す。

「じゃぁ、もう一つ飴があれば元に戻るのね?出して」

そう言って手を出すと、ロビンはその手を恭しく取って口づける。

「そうじゃないでしょ」

一瞬固まった後、ほぼ反射的に見えるロビンの後頭部に自由な左肘を叩きこんで、手を取り返した。

「……そこが問題なんだ……」

「まさかないとは言わないわよね?」

とても邪悪な笑顔を浮かべると、子分達が二人で抱きしめ合って震え始める。

「すみません……アリマセン」

「何で三個なんて中途半端な数しかないの!!」

「だってお子様で試す分と、ハニーに食べてもらう分で三個だったんだよ!いっぱい持っててその飴が盗まれて、もしもハニーが僕とは違う人を好きになる様に仕向けられたらどうするんだい?!」

縋りつくように必死に訴えるロビンにジェネルは額に手を当てた。

「……で?その商人は?」

「仕入れの旅に出るってその後姿を消したよ。テヘッ」

おどけた素振りを見せるロビンを見て、ジェネルの堪忍袋の緒が切れた。胸倉を掴んで、蔑むように見降ろす。

「その商人何としてでも探し出して捕まえて、良いわね?」

そう声をかけると、ロビンはとても嬉しそうに頷いた。

「はぁ……見つかるまではこのままみたいね」

ロビンの胸倉を放して溜息を一つ吐くと、諦めたような表情で椅子に座った。

「そうなんだよ。それでもって、もう一つ問題があってね」

今日の天気の話をするかの様に軽く切り出される言葉にジェネルが机に手を叩きつけながら立ち上がる。

「まだあるの?!」

「マーキス卿が亡くなったから、実質的に跡取りはペティになる。正式に後継出来るのは国王から賜るしかない。その授与式が六日後にあるんだよ、ハニー」

「……欠席」

「したらペティは家族との思い出を全て取り上げられてしまうよ?」

ロビンの言葉にペティを見れば、とても不安そうにしていた。

「……全部話せば」

「この世界でそれは異常者のレッテルを貼られることになる。あり得ない話を受け入れられる程柔軟な頭を持っている人は少ないからね。商人を見つけても飴を持っていない可能性もあるからね」

「じゃぁどうすれば……」

縋るようにロビンを見ると、とても真剣な表情とかちあう。

「君がペティとして賜るしかないだろう」

静かに言われた言葉にジェネルは首を振った。

「出来ないわ。そんな面倒なことは御断り」

「ジェネルさん……」

「ハニー。確かに面倒だと思う。君には凄く荷が重いのも知ってる」

まるで子どもに言い聞かせるような穏やかな声と言葉に、ジェネルが反応する。

「誰がっ?!重くなんか――」

「重くないなら、出来る筈だ。逃げることなく向かっていけるはずだ」

「……逃げる?ふざけないでよ!あたしが何から逃げなきゃいけないのよ?良いわ。参加してあげる」

 ジェネルの挑発に乗る言葉にロビンの口の端が誰も気づかない程度ではあるが、少し上がった。

「本当ですか!!ありがとうございます、ジェネルさん!」

「えっ、あっどういたしまして……」

心配そうに見上げていたペティに明るい色が戻り、『売り言葉に買い言葉』そんなテンポで六日後の予定が決定した。

「では、さっそく手始めに明後日社交界を開こう!」

「は?」

「そこに出席して頂くよ、ハニー。初めてが本番では失敗出来ないし、雰囲気だけでも知っていて損はないだろうから」

そう言うととても嬉しそうにジェネルの周りを回る。そして上から下まで見定めるような目で観察する。

「まずは立ち方から、挨拶の仕方。衣装は明日の夜までに手配するとして……食事は……難しいかな?」

「何言ってるの?完璧にしてみせるわ」

観察する視線が気に食わないジェネルはさも当たり前のように言ってのける。

「この義賊ジェネルに出来ないことなどないって証明してあげるわ」

「それは心強い!ただ、君はペティとして招待されるのだから彼女のように振る舞わなければならないよ。気を付けて」

そう言うロビンに促された先に居たのは子分達とほんわかとした雰囲気でお茶を始めたペティ。

「……まぁ、あそこまで警戒心がないのはいただけないからその辺りはハニーに任せるよ♪」

「……思ったんだけど、あの子本当にあんなので爵位貰えるの?」

「本来爵位自体は女性には授与されない。しかしマーキス卿は初代であり、御子息は居ない。御家の断絶を防ぐ例外が授爵状に記載されていたはずだから、ペティは爵位を賜れるようにはなっているよ。ただ、その先爵位を持ち続けられるかは僕にも判らない。ペティ次第だね」

ペティを視界に捉えたロビンの表情がふと沈痛なものになった。

「まぁ、彼女ならのらりくらりかわせそうな気もするけれどね」

一瞬。その言葉が当てはまる様に、ロビンの表情はおどけたものに変わる。

「さぁ、ハニーだけでなく。ペティにも教えないといけないから、明日は大変だ♪」

大変だと言いながらとても楽しそうに紅茶を注いだロビンの表情がこの世の終わりのような表情に変わった。

「どうしたの?」

「……どうしよう、ハニー。紅茶がもう美味しくなくなってしまったよ……」

「はぁ?」

「これは大変だ。淹れ直してくるよ!淋しいかもしれないけれどしばしの別れだよ」

「はな―――」

ロビンは抱きつくと、ジェネルが声を上げる前にワゴンを引っ掴み、凄い勢いで広間を出て行った。

「……何なの、一体……」

「公爵様は紅茶にうるさい方だそうですよ?なので温くなってしまったのが許せなかったのではないでしょうか?」

ペティは可愛らしく何処か上品に笑うと、席につくジェネルに体ごと向かい合うような形を取った。

「ジェネルさん、見て下さい!」

そう言うととても嬉しそうにジェネルの手を取る。そのままニコニコと笑みを浮かべるペティに首を傾げた。

「ん?何を見れば良いの?」

「ちゃんと力加減して握れるようになりました!トゥインさんとジェミニさんのおかげです!」

ペティの言葉に子分達を見やると、両手が真っ赤にはれている。

「あんた達、練習してたの?」

「はい!私、頑張ります!ジェネルさんが頑張ってくれる分、恩返しが出来るように一生懸命頑張ります!」

「おいら達も手伝うんだ!」

「手伝うの!」

「あんた達……偉いね!」

ジェネルの言葉に三人はとても嬉しそうに笑った。繋がった手から伝わる温もりに頬が緩む。

「仕方ない、子分達の為に親分は一肌も二肌も脱いでやるかな?」

打てば響く。そんな感触を掴んだジェネルは、温もりの心地よさに目を閉じ―――かけた。

「NO!!!!!!ハニー!良いかい、よく聞くんだよ?僕が居ないところで他の誰かと絶対にラブラブしちゃいけないよ!!」

けたたましい叫び声と共にロビンが広間に飛び込んできた。そんなロビンにジェネルは溜息を吐くと、ゆっくり大きく息を吸い込む。それに気づいた子分達はペティを椅子ごと少し遠ざけて、彼女の耳を塞ぐ。

「うるさい、さっさと帰れ!変態公爵!!!」

そしてロビンは屋敷の外に放り出された。


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