長い廊下の半ばにある一室の前で足を止めてその扉をノックする。そして勢いよく扉を開けて開口一番。

「ハニー!こんな時はこの僕が慰めてあげ、ぶふぉ……ファニー?」

 両手を広げて飛び込めば、フワフワの枕が顔面に飛んできた。

「あたしは今、最っ高に機嫌が悪いの!出ていって!」

 枕が重力に従って落ちる。その枕をゆっくりとした動作で拾い上げ、ロビンは部屋を出て扉を閉めた。まさか本当に出て行くと思わなかったジェネルは少し眉根を寄せて耳を澄ました。すると、扉に背中を押しつけたままズルズルとしゃがむ音が聞こえてきた。座り込むのかと思って扉に近づくと、微かにロビンの声が聞こえてきた。

「ハニーの使ってる枕♪もふもふして匂いを―――」

「嗅ぐんじゃないの!!」

 蹴り破る勢いで扉を力いっぱい蹴りつけると、その振動が伝わったのかロビンは扉を開いて飛びつく。が、そこには誰も居なかった。枕と共に床に沈んだロビンの後ろで、扉に顔を打ち付けたジェネルがどす黒い笑顔を浮かべて冷たい目でロビンを横目で見降ろしていた。

「……喧嘩、売ってるの?」

「いっいや〜ん」

「いや〜んじゃないわよ!変態公爵一号、二号揃って気色悪い!この体、ペティのなのよ!あの子に返す前に可愛い顔が変形したらどうすんのよ!」

 床に這うように少し状態を起こしたロビンを足蹴にする。足蹴にされながら弁解を試みる。

「でっでも、ペティなんてハニーの体でよく転んで顔、強打しているよ?」

「別に良いわよ。あたしの顔なんて可愛くないもの。可愛くないものはどれだけ変形しようとも可愛くないのよ」

「実はハニーって可愛いもの好きだね」

「悪かったわね、似合わない趣味で」

 そう言って足蹴にするのをやめてベッドに足を向けた。そしてそのベッドの端に腰かけてロビンに言うでもなく話し始めた。

「なんだろうなぁ……凄く素直な子だって思ったの。馬鹿正直で、この子のことならトゥイン達みたいに全部解ってあげられるんじゃないかって……でも私、やっぱり見れてなかった。あの子が泣かないって決めてたなんて」

 影を落とすジェネルを見ながら立ち上がると、服と枕についた埃を払ってソファーの所に歩を進めた。

「あたしね、昔一緒に住んでいた男の子が居たの……十六歳くらいまでかな?八歳の頃に出会ったの。両親が死んで天涯孤独になったあたしに初めて出来た血の繋がらない家族だった。でもその子、あたしの前から居なくなっちゃったの。あたしがその子の気持ちを解ってあげられなかったから……出て行く時、言われたわ。あたしはあの子の気持ちを全然知ろうとしなかったんだって」

 そこで詰めていた息を吐く。そして再び口を開いた。

「それから少ししてトゥインとジェミニに出会ったの。衝撃的な出会い方だったわ。二人にとってはきっと今でも心の傷になってるだろう事件。それを見てた周りの人達は知らないふりをしたわ。そうして取り残された二人が自分に見えたの……あたしは約束させたわ。絶対に感情に嘘をつかないように。そうして二人を自分の家族にしたの。次は自分が解らないことで誰も離れていかないようにって」

 ジェネルの声が震える。罪悪感か、それに伴う感覚が解らなくて目を伏せた。

「トゥインとジェミニはあたしとの約束を守ってくれてるわ。でもそれってあたしが押しつけた結果なのよね……いつか、二人もあたしの元を離れていくわ。だから誰でも良かったのよ……トゥイン達みたいな素直で解りやすい子を集めれば、きっと取り残されないって思っていただけだと思う……最低よね」

 膝の上に置いていた手に力が加わってその上に生暖かい滴が落ちた。

「勝手に押しつけてるのに何も知ろうとしてなかったくせに泣かないって決めてたあの子があんたが水を被った時に凄く泣いてたわ……凄く、凄く怖かったんだと思うの。それを知ろうともせずただ、大丈夫よって繰り返して本気で向き合うこともなかった。それなのにさっきケニーから聞いた時、あたしは一番初めに思ったのはこの子もきっとあたしから離れていく子だって……あたしはいつだって自分が一人になることだけを怖がって、誰のことも知ろうとしてないくせに本当に最低な奴よ。それでも怖いのっまた一人に戻るのはとっても怖いの……一緒に居てくれるってペティは言ったわ。でもいつまで?何も知ろうとしなかったあたしと本当にあの子はいつまでも居てくれる?あたしには無理よ……自分を解ろうともしてくれない人をいつも切り捨ててきたわ……いつか愛想を尽かされてまたあたしは一人になるわ……」

 涙が手の甲を伝って服に落ち、湿っていく。それでも止まらない涙が次から次へと落ちていく。そんなジェネルに影が落ちる。

「で?君はここから何を学んで行くんだい?」

 頭上に落ちる声に顔を上げれば、ぼやけたロビンの輪郭。

「学ぶ?」

「覚えているかい?バロン男爵に僕が言った言葉。次は君に言おう『早く気づいて良かったね』」

 涙が重力に従って頬を伝うのを、ロビンの手が阻む。

「君は今は有りもしない未来に怯えている。でも現実を見てみないかい?ペティはもう離れて行ってしまったかい?子ども達は?そして僕は!」

「あんたは要らない」

 最後の言葉に反射的にそう返す。そんなジェネルの反応にクスリと笑った気配が滲んだ視界のジェネルに伝わった。

「まだ、失っていないのだから今からでも間に合うんじゃないかな?反省するなら今しかないよ?もし直す努力をしても彼女達が離れて行ってしまってもきっと次に活かせるものだと思うよ?一人が嫌だと嘆くなら、そうすべきだよ。君の心は、彼女達に確実に届いているから」

「届くかしら?」

「おや?義族ジェネルに出来ないことはないんじゃなかったのかい?」

「あら、最近お仕事サボってるから忘れてたわ」

 ジェネルの言葉に『確かに』と笑って、わざとらしい大きな声を出す。

「大丈夫だよ、ハニー!ペティや子ども達が君を見捨てても僕だけは君の傍を離れない―――」
 言い終わる前に扉が軋む勢いで開かれた。

『何、親分を唆してるんだ、残念変態公爵!!』

 開かれた扉から三人が闘牛の如く勢いでロビンを跳ね飛ばし、ジェネルを囲むように抱きついた。

「うおっと……」

「そうですよ、公爵様!ジェネルさんは私のお嫁さんにするんですから!」

『えっ……?』

 ペティの言葉にジェネルとロビン、三人の後ろから苦笑しながら入ってきたケニーの声が重なる。

「……ペティ?何で急にお嫁さん?」

 ロビンの問いに自信満々に胸を張って答える。

「トゥインさん達とさっき話しあったんです。このままだとジェネルさん、居なくなっちゃいそうなので、『きせーじじつ』を作ってしまおうって!」

「親分をお嫁さんにしたら、家族だからな!」

「家族だからね!」

「……単純な発想なんだけれど難解な発想だね。そうだペティ、どちらかと言うとハニーの方がお婿さんじゃないかい?」

「閣下、それも違いませんか?」

 ケニーの突っ込みにロビンは肩を竦めてみた。

「まぁ、良いんじゃないかな?本人達が幸せなら」

 そう言って四人を見れば、戸惑いながらも困ったように笑うジェネルの姿。

「……閣下、俺もちゃんと見てみようと思います。知らず知らずの間にジェネルさんを傷つけてたんだと思うんです。まだ、ペティの大切な人だからとしか見れないですけれど、今回のことで少しだけジェネルさんを知った気がします」

「それは良かった。でもハニーはあげないよ?」

「淑女が嫌がることは、全力で阻止します」

「紳士だね」

 挑戦的に笑えば、真摯な答え。それにロビンは優しく笑った。

「これで明日は大丈夫、かな?」

「……いよいよですね」

「バロン男爵。一つ、内密にお願いしたいことがあるんです―――」

 そう言ってケニーを見上げたロビンの瞳はとても強かった。


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