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赤い季節 【銀八×高杉短編】


『来て。お願い、来て…』

もう指折りでは数え切れない、電話での呼び出しだった。
自宅の最寄駅から電車で15分。駅から徒歩7、8分程度のアパートに、晋助は独り住まいしている。

鍵はいつもかかってない。扉を開けると、独特な匂いが鼻腔を掠める。
嗅覚を狂わせる、鉄のにおい。
一室に踏み込めば、描いていた通りの光景が飛び込んできた。

「莫迦っ」

ベッドに敷かれた白いシーツに、鮮やかな赤が、芸術めいて咲いている。
その上に、晋助は寝転がっていた。意識がない。
投げ出された手首が、全てを物語っていた。

「晋助、しっかりしろ」

顔はすっかり色を失くし、死んでいるのではないかと一瞬戦慄を覚えた。
幾度も体験しているのに、今度こそダメなのではないかと。
それでも経験済みはある程度、精神にゆとりを持たせてくれ、まず手首の血を止めることに努めた。

「ん…」

手当を終えたころ、晋助の瞼が動いた。
顔色は悪いが、ある程度明るさを取り戻していた。

「銀八…来てくれたんだ」

晋助は俺の姿を確認すると、屈託した顔つきを綻ばせた。
胸を痛める。なぜ性懲りもなく、こんな真似をこの子はしてしまうのだろう。

「いい加減にしろ」
「…怒ってるの?」
「当たり前だ」

本人に死ぬ気はさらさらないらしく、こちらの気を引きたいだけの異常行為だということも、理解している。

「だって…こうすれば、銀八は来てくれるだろ」
「普通に呼べねえのか」
「分かってないな…」

晋助は憎らしげな目を向けてきた。

「普通に呼んだら、銀八はきっと、他の人のところに行く…俺、わかってるよ。銀八は俺を持て余してる。
面倒くさいでしょ。俺みたいな子って。だからこんな手段でも使わないと…来てくれない」
「余計来たくなくなる…」
「来なかったら死ぬかもしれない。きっとその恐怖感で、銀八は絶対来る。俺、わかってるよ」

この少年のどこに、そんな恐ろしい思考回路が生まれているのだろう。

「ねえ。愛して…俺のそばにいて。ねえ、それだけでいい…そうしてくれたら、もうしないもの。
寂しいの。ひとりだと、寂しくて苦しくてのたうち回りそう。だって、誰も信じられないんだもの…
お願いだから、銀八。ね、大好きだから…ひとりにしないで。痛いのは本当は嫌だ。苦しいから、
痛めつけるの。だってワケがわからないから苦しい…それがカタチとなって目に見えると落ち着く。
でも…銀八がいてくれればそれもない…ね、いて。一緒に…」

懲りないのは、自分もだ。
晋助の依存されることを恐る反面、望んでいる自分もここにいる。

「あったかい…銀八の手、安心する…」

晋助は俺の手を握り、俺に拒絶の意がないとわかると、いつの間にか寝息を立て始めた。
苦悩の果てに、赤い季節に焦がれて。


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