東方疾走録-地平の果てへ少女は駆ける-
□少女、説明中
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勢い余り、負けた対抗心から自身が嘲る車の祭典、ホライゾンへの参加を決めたエリス。
当然彼女はエントリーの方法も知らないし、ロクな車にも乗っていない。
彼女の新居はコロラド、ビューモントにある。
ロッキー山脈を望む観光スポットであり、リフトもある。
しかしエリスの用事は、そんなビューモントで小ぢんまりとガレージを開いているとあるメカニックにあった。
インテグラをガレージの前に停めると、ガムテープで留まったフロントバンパーががたんと音を立て外れる。
これではサリエルに挑むどころか、いつ車が走らなくなってもおかしくない。
「ん、エリスか。珍しいね、貴方が来るなんて」
緑の帽子を直し、そしてボロボロのインテグラを見つめる青いツインテールの少女は河城にとり。河童であり、幻想郷では優れた技術力を持つ妖怪だ。
外の世界でも理解力は健在で、今ではどんな車でも改造できる素晴らしいメカニックとなっていた。
「ホライゾンに出て、サリエルさんに勝ちたいの。インテグラ、直してくれない?」
サリエルに挑むこと、それは即ちホライゾンで頂点を目指すこと。
にとりへの依頼はインテグラの手直しだったが、その依頼に当の本人は答えを渋った。
「サリエル……去年、ホライゾンでチャンピオンを破った新チャンピオンだね。車は確かランボルギーニだったっけ? 悪いけど、今のこの車じゃサリエルには辿り着けないだろうよ」
「どういう意味よ。インテグラは直らないの?」
「直せるさ。だけど、アヴェンタドールに付いていけるような車じゃないんだ。まずは車を変えないと……」
にとりはまず、エリスに車への乗り換えを勧めてきた。
だが今さら新車を買うような資金、エリスには到底用意は出来ない。
やっぱり諦めようか、と一瞬考えたエリスだったがサリエルの言葉を思い出し、何とか手はないかとにとりへ相談を持ち掛けた。
「あるよ。ただし、私もホライゾンのガレージメカニックとして呼ばれててね、手を貸せるのは今回が最後だ。おいで」
手招きし、メーカーロゴのステッカーがベタベタと貼られたガレージを進んでいくと、二人の目の前には一台のカバーを被った車が現れる。
にとりは馴れた手付きでカバーを外し、一気に捲り上げた。
中から出てきたのは、派手に改造された赤い車だ。
ステッカーが貼られ、ホイールも交換されており外見も攻撃的。
「サイオンFR-S――私がカスタムした一台だけど、なかなか買い手が付かなくてね。エリスには、これを売るよ」
「いや、売るって……」
売る、と言われてもその資金がまず足りていない。
確かに、素晴らしい車だ。適当に乗り回していただけのインテグラと比べれば天と地の差とまで言える。
綺麗に磨かれたボディ、空を切るようなエアロキットに低い車高はチューンドカーと呼ぶに相応しい。
だがしかし、こんな車を買う資金をエリスは当然持っていない。
にとりはそんな彼女へ、一つ提案を出した。
「じゃあ、この車の代金はホライゾンに出てからのレースイベントの賞金から返してもらう。それならどう?」
「つまり、後払い?」
エリスが言うとにとりは頷く。
勝てない可能性をエリスが追求すると、にとりが得意気に語った。
「サリエルに挑むなら、勝ち続けるしかないよ。敗けは認められないし、足踏みも出来ない。だから、金を返せない筈がないの。もし本当にサリエルに勝ちたいなら、結果必ず賞金を得られるからね」
「なるほど……」
つまり、サリエルに挑む以上金はついて回ることになる。にとりはその付いてきた金から、FR-Sの代金を支払えというのだ。
くたびれたインテグラに乗り続けるよりは、そちらの方がよっぽど良い。
エリスはすっかり納得し、気付けば誓約書にまでサインしていた。
これでチューンドFR-Sはエリスの物となる。
次は、ホライゾンについてだ。
エリスはホライゾンへの出場経験がないどころかホライゾン自体を『アホらしいイベント』と嘲る程。
ルール等、微塵も知らないのである。
幸いにして、にとりは昨年のホライゾンでもメカニックを務めている。
訊ねるなら、にとりが一番なのは明らかな事だ。
「ホライゾンには、どうすれば出られるの?」
まず尤もな疑問をぶつける。
出場条件、これは大事な事だ。
「ホライゾン自体の基本的なエントリーは早い者勝ちさ。先に着いた順から、エントリーが決まっていく。サリエルは間違いなくトップだろうけどね」
「じゃあ、まずいきなりレース?」
「だぁね」
ホライゾンへの参加、それは早い者勝ち。
とにかく枠を獲得すること、これに尽きるとにとりは言う。
それから彼女は作業台の引き出しを開け、一挺のシルバーの自動拳銃を取り出してエリスへ手渡した。
にとりの表情は、真面目そのものだ。
「ホライゾンには良い子なレーサーは殆ど出ない。どいつもこいつも曲者揃いなの。マフィアだとか、ヤバめなチンピラなんてのもいる。だけど相手は“こっち側”の人間だ……霊力やら魔力やらを使うわけにいかないだろう?」
「関わらなきゃ良いじゃない。私には必要な――」
必要ない、と拳銃を突き返そうとするとにとりがそれを押さえ阻止する。
「勝ち続ければ、必ず非合法レースにも目を付けられるし、邪魔と判断されれば秘密裏に消される事もある。私の知り合い達は問題ないと思うけどね」
ホライゾン、栄誉と危険が表裏となった車の祭典。
エリスはそんな危険な環境で頂点に登り詰めたサリエルを想い、そして対抗心の他に尊敬の念を抱いた。
頂点に立ち続けるということは、にとりの言う危険が常に周囲を被っている事になる。
もちろん、天使のサリエルが銃弾の数発で死ぬわけはないのだが、そんな強大なライバルを相手にするのかと思うとエリスは思わず呼吸をするのさえ忘れてしまいそうになる。
「大まかにはこんな感じかな。開催二日前には、ホライゾンの専門ラジオが開局するから情報を聴き逃さないようにね。私はこれからホライゾンのメカニックとして、出場者全員に平等に接しなきゃならない。さっきも言ったけど、手を貸せるのは最後だよ。確か、山の方に霊夢が居た筈。ドライビングについては、彼女に訊くのが良いよ」
FR-Sのキーを手渡され、にとりから紹介されたのは幻想郷の結界を管理していた巫女――博麗霊夢だ。
彼女の話では、霊夢も昨年のホライゾンに出場し超精密なドライビングで人気を集めたという。
にとり曰く『ラリーのプロ』なのだとか。
「会ってみる。ありがとう、にとり」
「気にしないで。次は、ホライゾンのセントラルで会おう」
FR-Sに乗り込んだエリスは、にとりへ礼を言うとゆっくりと車を発進させる。
次は山の中を走っているらしい霊夢のドライビングスクール受講だ。
走りに興味の無いエリスには、テクニック等存在しない。
走り、止まり、ギアを変える、曲がる。
その程度だ。
サリエルに勝つべく、エリスは霊夢を捜す為に車を走らせた。
(あれ、れいむって……)
ふと、車を走らせつつエリスは思い出す。
過去に、居たのだ。エリスを打ち破った巫女に似た名前の人間が。
(いやぁ、靈夢じゃないわよね? ――いや、あんな特殊な名前一人しか居ない。まさか、外の世界で再会するなんて……)
ぐし、と左頬の赤い星を拭って冷や汗を拭くエリス。
とにかく、まずは霊夢に会わなければ先には進まない。
ホライゾンが始まれば彼女もライバルの一人だ。そうなれば、霊夢は何も教えてくれなくなるだろう。
ライバルにテクニックを説くなど、愚の骨頂だからだ。
急ぎ、テクニックをマスターすること。
それが、エリスの次の目的となった。