東方疾走録-地平の果てへ少女は駆ける-

□少女の宣戦布告
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ホライゾン――それは、世界中から車ファンが集まるイベント。
コロラド一帯を巻き込み、街全てを使って開かれるこのイベントは車ファンだけならず、誰もが羨むスーパーカーを駆る者達の集うレースショウである。

幻想郷と外の世界――その隔たりが無くなった現代。
スペルカードによる勝負は、大っぴらには出来ない物となってしまった。
そんな幻想郷の少女達が真っ先に目を付けたのが、ハイスピードで相手をかわし、順位を競り合うカーレースだった。
勿論、皆が皆その世界に足を踏み入れたか? 皆が皆、カーレースに興味を持ったか? と問われれば否だと言わざるを得ない。
夜のコロラドを走る一台のDC5型ホンダインテグラを駆る少女、エリスがその代表だろう。

車は良いものに乗っているが、バンパーはガムテープで無理矢理留め、リアウィングは無く、おおよそ『走りに興味のあるドライバー』の車とは言えないものだった。
エリスは魔界から外の世界に現れた。
と、いうのも魔界奥の神殿にいたサリエルと呼ばれる天使が消えてしまい、魔界の旅行好き達も出ていってしまった。
そうなって、彼女は魔界にいる意味を失ったのだ。

「……お祭り騒ぎ。こんなの、おかしいわよ。下らないし」

ギアを滑らかに変え、エリスはその手でさらりと長い金色の髪を掻き上げ呟く。
ホライゾンがコロラドにやってくるまで残り一週間、街は大規模な祭りに備え走り屋達もちらほらと集まってきていた。
だが、追い抜かれても対抗心は湧かなかったし、逆にアホらしいとエリスは心の中で彼らを嘲った。

――しかし、一台の車のヘッドライトがインテグラの車内を照らした時、エリスの心は本人の気付かぬ内に揺れ動いていた。走りの、世界へと。
夜闇に包まれたこの時間帯、相手の車は真っ黒らしくヘッドライトの光にも遮られエリスはバックミラー越しにすら、その車を確認する事は出来ない。
強いて判るのは、普通の車ではないということ。
甲高いエンジン音はまるで叫び声のようで、無改造のインテグラのエンジン音等及ばない程頭に響く。

(煽ってる。譲る? ――いや、バカにしてるんだし少しはやってみせてやろうかな)

この選択こそ、後のエリスの未来を決定する選択だった。
アクセルを床まで踏み込み、一気に加速するインテグラ。
ライトに照らされたスピードメーターが、瞬時に反応し始める。
だが、相手は全く離れない。
どれだけ加速しても、どれだけ振り切ろうとしても。
次第にエリスの心に、漸く対抗する意識が芽生え出す。
勝てる筈だ、とそう思えてきた。

「……離れなくても、やれるだけ――!?」

結果的に言えば、エリスの意気込みは無駄だった。
起伏の激しい緩やかなS字で減速したインテグラを嘲笑うかのように、謎の車は左側の反対車線へ一瞬レーンチェンジし、それから一気に抜き去っていく。
対向車をかわし、謎の車はエリスの前へ躍り出た。
やはり暗闇で判らないが、エリスの人為らざる眼は確かに捉えた。
イタリアの老舗、ランボルギーニのロゴ、独特なトライアングル配置のLEDテールランプ、そして風を受けるために大きく跳ね起きたリアウィング。

(ランボルギーニって……確か、スゴい車じゃ――)

ぱん、とエリスもビックリするような炸裂音を上げ真っ黒なランボルギーニはリアの中心下部に備えたマフラーからアフターファイアを噴き出すと、猛烈な加速力でエリスの前から姿を消した。
唖然とするばかりのエリスだったが、芽生えた対抗心は燃え尽きるどころか、更に燃え上がる。

(あっちは確か、カーソンストリートね。もしかしたら、どこかに停まってるかも――)

気付けば深夜だ。
祭りにはまだ早いし、あのランボルギーニも勝負をした訳では無さそうだった。
エリスなら、後は帰って寝るだけだろうと推測を立て彼女は車を走らせる。



すっかり寝静まった街は、車通りもない。
そんな市街地を流していると、路肩に寄せられた一台の車が目に留まった。
ランボルギーニアヴェンタドール――700馬力を発生させるV12エンジンを搭載し、ランボルギーニの伝統と最新鋭の電子制御の粋が全て詰め込まれた『走る戦闘機』。
その見た目も厳つく、まさに戦闘機というには相応しいと言えるだろう。

「いた……っていうか、ここサリエルさん家――」

停まっているのは、一軒のマンションの前だ。
エリスはサリエルを見失った訳ではない。人間界でも付き合いはあった。
だがまさか、サリエルも走りに足を突っ込んでいるとは思いもしない。
ましてや、こんな超高級なスーパーカーに乗っている様子なんて微塵も感じなかった。

「文句でも言ってやろっと」

無邪気に微笑んだ無邪気な悪魔、エリス。
彼女はマットブラックのアヴェンタドールの真後ろに車を付け、つかつかと運転席へ向かっていった。

「サーリエールさーん」

「あら、エリス――って、エリスだったのですか!? 先程のインテグラは……」

若干斜め上に跳ね上がったドアから降りたサリエルは、心底驚いたようだった。
まさか煽った相手が友人とは思わない。
友人という関係を断言はできないが、少なくとも悪い関係ではない。
故に、サリエルの心にうっすらと罪悪感の影が見え始める。

「いやぁまさかあそこまで煽られるとは思いませんでしたよサリエルさん。久しぶりに対抗心燃えました」

半ば嫌味なエリスの言葉。
サリエルはその言葉に、すかさず反応を見せた。
エリスが、走りに興味を示している……
ここで素直に謝る手も勿論あるが、これは千載一隅のチャンスだ。
サリエルの表情は挑発的な物へと変わり、そして彼女は吐き捨てた。

「まあ、遅かったですからね」

「――っ!」

ぎり、とエリスが歯を食い縛る。
謝れば許してやろうと思ったが、完全に頭に血が上った。

「いきなり煽っといて、それですか」

「煽っていませんよ。私は極々普通に、クルージングしていただけです。途中、邪魔な“一般車”も居ましたが」

エリスの表情は、サリエルの策略通りどんどん怒りと対抗心に満ちたものへと変わっていく。
エリスはびし、とサリエルを指差すと怒鳴り散らす。

「敗けは認めませんよ! もう一度、私と勝負してください!」

「結果は同じですよ。それに、私はホライゾンのエントリーで忙しいんです。エリスを相手にしている暇はありません」

真上に跳ね上がったシザースドアを閉めたサリエルはアヴェンタドールに鍵を掛け、盗難防止装置を作動させる。
そして怒りに燃えるエリスに背を向けると、彼女は言った。

「悔しかったら、貴女もホライゾンに来てみては? そこで私と並べるのなら、改めてそこで勝負しましょう」

そうとだけ話、サリエルはエリスの罵倒も無視してマンションへ入っていってしまった。
一瞬、目の前のアヴェンタドールを蹴り飛ばしてやろうかとも考えたが、防犯装置が作動すると面倒だ。
エリスには仕方なく諦める他、道はなかった。
そして、この雪辱を晴らすには自身が心から嘲っていたホライゾンに出場し、サリエルと並ぶしかない。

「やってやろうじゃないですか、サリエルさん! 私は出ますよ、ホライゾンに!」

そう叫んで、エリスはインテグラでその場を後にする。
彼女の決意表明を耳にし、サリエルは微笑む。
一番走りに興味の無かったエリスを、その世界に引きずり込む事に成功したのだ。
後はエリスが無事に、参加枠を獲得できるよう祈るばかりだ。

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