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□【大型犬】
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ギシリと音をたてて、ベッドのスプリングが軋んだ。次いで身体が何かに包まれる。

「…ん」

低血圧な俺は、ぼんやりとした思考の中、目を開いた。

「あ、起きた?」

呑気なその声は、最近聞き慣れはじめたものだ。別に家族でも友人でも恋人でもないのに、やたらと一緒にいる気がする。
力強い腕が俺を抱きしめていた。包んでいたのはこいつだったらしい。

(…なんかムカつく)
「おはよう」

にこやかに微笑む彼とは反対に、眉間にシワをよせる。そもそも俺は、彼のように笑う人間じゃない。

「あれ、なんか不機嫌?」

だというのに、彼は普段との違いにすぐに気付く。

「…別に」

そっけなく言うと、大型犬のようにしょんぼりするから困る。普段ならどんな相手が落ち込んでも放置だが、こうもあからさまに落ち込まれると罪悪感が芽生える。

「身体ダルいだけだよ」

不本意だがご機嫌をとるために彼の頭に手を伸ばす。ふわふわした髪は、やっぱり犬を触っている気分になる。

「え、…あ、ごめん」

言い訳として言った理由を、大型犬は真に受けたらしい。
たしかに身体はダルいけど、他の奴相手にするよりは全然マシだ。

「怒ってる?」
「怒ってない。それより、シャワー浴びるからどいて?」
「ん」

名残おしそうに一度だけ強く抱きしめられた後、側にあった体温が遠退いて肌寒い。

「ねぇ、帰んの?」

シーツを身体に巻き付けて、ぺたぺたとフローリングを歩く。
後ろから犬がついて来る。

「だからシャワー浴びるってば」
「シャワー浴びたら、帰るの?」
「帰るよ」

答えながらちらりと後ろを見ると、彼は膨れていた。

「…お前いくつだっけ?」
「?18」

18歳。見た目はそれ以上にも見える。けれど中身は中学生と変わらない。
無邪気で素直で。俺とは一生関わることがないような奴。

「…一緒に入ったら怒る?」
「怒る」

風呂場まで来て、彼を遮断するように扉を閉めた。
もしも怒らないと言ったら、目を輝かせて喜んだだろう。
何であんなに懐かれてるのかよくわからない。
シャワーを浴びながら、俺は彼との出会いを思い出す。
たまたま会ったある日の夜。本当に気まぐれに、友人の経営するバーに訪れていた。彼はそこでピアノを弾いていた。物悲しい曲に惹かれるように、俺は彼に声をかけたのだった。いつものように一夜を共にする相手として。
彼はちょっとだけ驚き、しかし簡単に俺を抱いた。
たったそれだけの出会い。彼が俺に懐く理由はどこにも見つからない。
結局答えが見つからないままバスルームを出ると、手の凝った朝食が用意されていた。彼の家に泊まると毎回そうだ。
どこかホテルを取ればいいと言うのに、二回目から彼は自分のマンションに俺を連れて来る。
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