SKET DANCE
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春の日の午後。
生徒会室には麗らかな春の光が差し込んでいる。
春眠暁を覚えず。
暖かい室内でふぁっとあくびが出てしまう。
本来ならまだ春休みなんだけど、生徒会役員には仕事が山積み。
よって休日登校なわけですけども、何故か生徒会役員ではない私も生徒会室にいるわけで。
「…っていうか、なんで私が生徒会の書類整理させられてるんでしょうか、生徒会長さま?」
「そりゃあ、お前が暇だっつーから。」
「いやいや、一言も言ってないよね?あんたが勝手に家にきて、うまいもん食わしてやるっていうから来てみたのに…何もないじゃん。」
「かっかっか。まぁ、そう言うなって。デイジーもミモリンも道流もお前連れてこいってうるさくてよ。」
そう言う惣司郎を見て、再び視線を書類に移した。
「…ふーん…」
「今『椿くんは入ってないんだ』って思っただろう?」
「おっ、思ってないわよ!!」
にやりと笑いながらこっちを見てくる惣司郎の発言を慌てて否定する。
まぁ、図星なんだけどね。
「椿もお前に来てほしがってたと思うぜ?」
「っ…別に、そんなの気にしてないもん。っていうか!みんな来てないじゃん!なんで?!」
「あぁ、道流はケーキ焼いてて、デージーとミモリンは買い出しに出てる。椿は…そのうち来るだろう。」
「…みんな、知ってるんだ?」
「いや、俺が昨日言った。言わない方が良かったか?」
「別に…なんとなく言いづらかったから言わなかっただけ。…それで?みんなが私のために準備してくれてる中、置物生徒会長は何してるの?」
「俺?昼寝。」
「おいぃいぃ!!仕事しろ!!あんたがサボるから椿くんが大変になるんでしょうがー!!」
「かっかっか。まぁ、うまくいってんだからいいじゃねーか。」
「あぁ、いとことして恥ずかしくなってきたわ…」
惣司郎とはいとこで、家も近かったからとても仲がいい。
同い年だし、学校もクラスも一緒だ。
そのせいか、よく生徒会の仕事を手伝わされてきた。
お陰で生徒会のみんなとも仲良くなれたけど…
「もうすぐ、みんなとお別れかぁ…」
明日、私は日本を発つ。
「…みんな寂しがってるぜ。」
「え?惣司郎も?」
「まぁな。俺の代わりに仕事してくれる奴が減るからな〜」
「おーい、働け。」
いつもの冗談ばかりの会話も、急に懐かしくなる。
やだな、急にしんみりなってきた。
「…あ」
「ん?どうしたの?」
「そういえば…最近聞いたんだけど、うちの学校の『魔法の鏡』の噂、知ってっか?」
「『魔法の鏡』?」
「最近ウチの学校で流れてる噂なんだがな。昼の12時ぴったりに魔法の鏡を好きな相手に見立てて告白すると、想い人と両想いになれるらしいぜ。」
「小学生のおまじないか!」
思わずツッコんでしまった。
「まぁ、噂だからな〜でも興味ないか?」
惣司郎が悪そうな瞳を向ける。
「でも噂でしょ?だいたいどこの鏡かわかんないし…」
「ここのだ。」
……は?
ここ?
ここって…
「…生徒会室ってこと??」
「らしいぜ?」
どうする?という風ににやりと笑う惣司郎。
ここの鏡って…あ、あれか。
座ったまま生徒会室を見回すと、入口付近に掛けられた鏡を発見する。
っていうか、生徒会役員でもないのにここに入るのは難しいんじゃ。
だからこそ「噂」なのかもしれない。
プルルルル…
急に携帯の呼び出し音が聞こえた。
「惣司郎のじゃない?」
「お?椿から電話だ。」
ドキっとする。
落ち着け心臓。
「もしもし?」
席を立ち、電話に出ながら惣司郎が部屋を出ようとする。
「あぁ…は?お前今日来ないのか?」
ドアが閉まる瞬間、惣司郎の声が聞こえて、胸がギュウっと締め付けられた。
…そっか、今日、椿くん来ないんだ。
仕事もできて、正義感強くて、優秀な生徒会副会長。
年下ながらも凛々しいかっこよさと、たまに見せるかわいさに惚れてしまった私。
せめて発つ前に一度会いたかったけど、その願いは叶わなかったようだ。
一人でぼーっと窓の外の青空を眺めていると、生徒会室のドアが開いた。
「桜、ちょっとここで待っててくれ。」
「えー!とうとう惣司郎まで私を置き去りですか!」
「仕方ねぇだろ。校長に呼ばれてんだよ。いいか、絶対ここで待っとけよ。」
「はいはい。」
適当に手を振りながら、視線を窓の外に戻した。
パタンとドアが閉まる音がして、再び静寂が訪れる。
あー、早く道流のケーキ食べたいなぁ。
デージーとミモリンも早く帰って来てほしいなぁ。
椿くん…来ないんだ…
ふと、さっきの惣司郎の話を思い出す。
ちょっと考えて、鏡の前まで行ってみる。
うーん、普通の鏡だけどなぁ。
『昼の12時ぴったりに魔法の鏡を好きな相手に見立てて告白すると、想い人と両想いになれるらしいぜ』
惣司郎の台詞が思い出される。
時計を見ると、あと一分で12時になるところだった。
…あれ?
なんか、この状況って、あの噂をチャレンジしちゃう流れ?!
え、ど、どうしよう。
そんなことを考えているうちに12時になってしまった。
カチっという針の音が異様に大きく聞こえた。
「っ…あー…椿くん、実は好きでした!」
…しーん…
…わ、
我ながら…何やってんだ私。
こんなことしたって所詮噂、というかおまじない?
馬鹿みたい…
そう思った瞬間、ガラっという音が聞こえて、ビクリと肩を震わせた。
慌てて音のした方を見ると、
あ
「あ…あの…」
「つっ…つ…つば、椿くん?!」
あ り え な い !!
目をぱちくりさせた椿くんが顔を赤らめて、所在なさそうに立っていた。
目があった瞬間、私の顔は真っ赤になり、それにつられたようにさらに椿君も赤くなった。
ど、ど、ど、
どうしよう…!!
なんで?!椿くん、今日来ないはずじゃ…?!
いや、それよりこの状況をどうにかしないと…
…って
どうにかできるはずないじゃん!!(泣)
頭の中がパニックになって、思考回路がショートしかける。
そんな頭が下した指令。
「今のは永遠に忘れて――!!」
私は椿くんを突き飛ばすようにして道をあけると外へと逃げた。
しばらく走って、息が切れて、走る速度を下げようとすると、
「桜さん!!」
「いやぁぁ!なんで追いかけてきてるの椿君!?」
後ろから猛ダッシュで追いかけてくる椿君。
それに疲れ切った私が逃げ切るはずもなく、
パシッと、
腕を捕まえられた。
「桜さん!落ち着いてください!!」
「う、あ、さ、さっきのは…!」
昼の12時に生徒会室の鏡に向かって告白すると、両想いになれるっていう噂を試してたんだー、えへっ!
なんて言えるかぁぁぁぁぁぁぁ!!!
ど、どうしよう。
本当のこと言っても、言い訳しても、どっちにしろ告白じゃん!!
それもこれも惣司郎があんなこと言うから…!!!
顔は真っ赤、胸はドキドキ、視界が潤んで滲んできた。
やばい、泣いてしまいそう…!!
「…アメリカに行くって本当ですか?」
思いがけない質問に、動きを止めると、ゆっくり椿くんを見た。
真剣な顔。
「ボク、知らなくて…さっき、会長から聞いてびっくりして、急いで駆け付けたんですけど…」
知らなかった?
確かに、みんなにはあえて言ってなかった。
でも、
『いや、俺が昨日言った。言わない方が良かったか?』
惣司郎が言ったんじゃないの?
「どうして…そんな大事なこと言ってくれなかったんですか?」
「ご、ごめん。なんか、言い出しにくくて…」
「…それと…さっき、言ってたことは本当ですか?」
「さっき?」
「その…ぼ、ボクのこと…す、好きだったっていうのは…」
「!!…あ、あれは…う、嘘だよ!」
口からでまかせ。
いや…待って。
今日…4月1日じゃん。
エイプリルフールじゃん!!!
「ほら!今日エイプリルフールだから!!つい嘘ついちゃった!!」
…あれ?
ってことは…
『桜、うまいもん食わせてやるよ』
朝、惣司郎が私を連れ出す時に言った台詞。
あれも嘘かー!!?
ってことは、道流のケーキも、嘘かも…?
そんなことを考えていたら、
照れたように顔を赤らめていた椿くんは、いつの間にか眉間に皺を寄せて私をじーっと訝しげな目で見ていた。
「…嘘?」
「あ、う、うん…」
「…エイプリルフール?」
「う、うん…ご、ごめんね…??」
冷や汗だらだらです。
椿くん、怒ってんじゃん!!!
そりゃそうだよね…告白が嘘でしたとか、一番最悪だし…
「…わかりました。」
はぁっとため息ついた椿くんが、落ち着いたように一言言った。
「…桜さん。」
「は、はいっ?」
「ボクは桜さんのこと、大っ嫌いです。」
「え…」
「ずっと前から大っ嫌いでした。それで、これからも大っ嫌いです。」
「………」
あれ、おかしいな。
体が凍りついたように、動かない。
そう言われたって仕方ないことをしたんだ。
自業自得だ。
そういえば、前から椿くんは私にあまり話しかけてこなかったね。
あれも嫌われてたからか。
なんせ、『大っ嫌い』だもんね。
じわりと目に涙が浮かび、それを隠すために俯いた。
今まで、迷惑かけてたんだ…
「ごっ…ごめん「嘘です」」
「……」
「……」
「…え?」
「嘘です。エイプリルフールです。」
「嘘…?」
「はい。」
「う…えぇ―――――――!??」
思わず大声で驚いてしまった。
嘘…?!
すっごい本気にしちゃったじゃん!
「本当はその真逆です。」
「…真逆?」
つまり…?
『ボクは桜さんのこと、大っ嫌いです。』
『ずっと前から大っ嫌いでした。それで、これからも大っ嫌いです。』
つまり、それって…
「桜さん」
「はっ、はいぃ!」
「ボクは、あなたのことが好きです。」
「!」
「あなたがボクのことを好きだというのが嘘でも構わない。」
椿君が真剣に、切なそうな瞳で私を見た。
「ボクは…嘘偽りなく、本気であなたのことが好きなんです。」
「……ぅ」
「?桜さん…?」
「ありがとう…」
ダメだ、涙出てきて…止まらない。
「つ…椿君…」
少しおろおろしたような椿君に私は言う。
「さっき、生徒会室で言ったのは嘘って言ったけど…う、嘘です。」
一瞬椿君が固まった気がした。
それでも、私が言おうとしたことを理解してくれたのか、
優しく微笑んでくれた。
「さぁ、帰りましょう。みんな待ってますよ。」
さし伸ばされた右手に、そっと自分の手を重ねる。
そして、手を繋いで、二人でゆっくり生徒会室に戻った。
このまま時間が止まっちゃえばいいのに。
そんなことを考えながら、涙を拭った。
Lie Lie Lie !
キィ―――――ン!
「…行っちまったな。」
「…はい。」
翌日、空港で椿くんと惣司郎が見送ってくれた。
「桜から聞いたぜ。あいつ、あの噂やったみたいだな。」
「…その噂のことですが、そんな噂ありましたっけ?」
「ねぇよ」
「は…?」
「だって昨日は『エイプリルフール』だろ?」
「じゃ、じゃあ…」
「かっかっか。まぁいいじゃねぇか、結果オーライだろ。」
「…3年って、長いですね。」
「…ん?3年?」
「え?桜さんは3年間アメリカの学校に留学するって、昨日会長が…」
「あー…」
「会長?」
「…二週間で戻ってくるぜ、あいつ」
「会長――――!!?」
END
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