ダイヤのA

□背中を見ているくらいがちょうどいい
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3年生の教室があるフロアは、当然だけど知っている人も少なくて緊張する。
廊下を歩けば、ちらちらとこちらを見られている気がしてしまって…自意識過剰なだけかもしれないけど。
そわそわと落ち着かない気持ちで目的の場所へと足を進めていると、廊下に見慣れた背中を発見した。


「あ…結城先輩!」
「ん?あぁ、藤堂か。どうした?」
「きょ、今日のミーティングなんですけど…」
「あぁ」


振り向いた結城先輩は、私を認識するとすぐにこちらに足を運んでくれた。

頼りがいがあって、真剣な眼差しがかっこいい結城哲也先輩は、野球部の主将だ。
入部してすぐにこの先輩のプレーに魅了された私は、気が付けば彼の背中ばかりを目で追っていた。
真っ直ぐで、大きな背中は、見ているだけで安心できて、いつでもその背中を探してしまう。

それだけ結城先輩の存在感は、野球部にとって大きいのだと感じる。


「……とのことです。」
「そうか…じゃあ、ミーティングまでに不足している備品がないか確認するように伝えておこう。」
「ありがとうございます。あと、明日の午後はオフだそうです。」
「む…そうなのか。」


少し残念そうな反応をした結城先輩を見て、苦笑いが漏れる。
本当にこの人は野球が好きなんだな。
でも、どうせオフで休みだとしても自主練するんだろうしなぁ…


「藤堂?」
「あっ、すみません!」
「いや、謝ることはないが…どうした?」
「あ、いえ…オフだけど結城先輩たちは練習されるんだろうなと思って…」
「…そうだな。日課は欠かさないつもりだが…行ってみたいところがあると純が言っていたからな。もしかしたらそこに行くかもしれないな。」
「へぇ〜純さんが行きたいところってどこだろう…楽しみですね!」


純さん…伊佐敷純先輩は、強面だけど優しくて面倒見のいい先輩だ。
そして、野球部3年生メンバーで、私が唯一名前で呼べる人だ。
いや、正確には「いしゃしきせんぱい!」って噛んで呼んでしまったら「てめっ、噛みやがったな!?…呼びにくいなら名前で呼べ!」と半ば強要されただけなんだけど。


「…そういえば、藤堂は純のことだけ名前で呼ぶな」
「え…あ、はい。私が噛んじゃうので…」


あははっと笑い話にしてみたつもりだったが、目の前の結城先輩は顎に手を当てて何か考えているようだった。
あれ?私何かまずいこと言ったかな…?


「あ、あの…?」
「いや…俺のことも名前で呼んでもらって構わないんだが。」
「えっ!?」
「む…。嫌だったか?」


ちょっとだけ残念そうに言った結城先輩に心臓がバクンと音を立てた。
皆は『哲さん』って呼ぶけど、1年でマネージャーの私にはまだハードルが高いと感じていた。
会話するのも今日みたいに貴子先輩が不在の時が主だし…


「部員には『哲』や『哲さん』と呼ばれているから同じ呼び方の方がいいかと思ったんだが…」
「いっ、いいえ!ありがとうございます!では、私も『哲さん』って呼ばせていただきます!」


がばりと頭を下げると、頭にぽんと大きな手が乗せられた。
ちょっと待って、これってもしかして結城先輩…いや、哲さんに頭撫でられてる?!
嬉しさと恥ずかしさで混乱した頭の上から、低くて優しい声が振ってくる。


「桜」


反射するように顔を上げると、笑顔の哲さんの顔が私を見つめていた。
その真っ直ぐな瞳から目を離せない。
今…なんて?


「む。すまん、了承を得る前に呼んでしまったな。俺も名前で呼んでいいか?」
「は、はい…」
「よかった。実は1年や純が桜と呼んでいるのを聞いてな。俺も桜と早く親しくなりたいと思っていたんだが、なかなかタイミングが掴めなくてな。」
「そ、そうでしたか…っ」


どうしよう。
嬉しい…けど。


「そうだ、明日出かける時に桜も一緒に行かないか。大勢の方が楽しめるだろう。桜の都合が良ければ……桜?」


どうしよう。
名前を呼ばれる度に胸が苦しくなって、哲さんの顔を見れなくなって、耳まで赤くなった顔を隠すように下に向けた。





背中を見てるくらいがちょうどいい
この感情の名前を私はまだ知らない




「おーい、哲…って何やってるんだお前ら?」
「純!桜が顔を上げてくれなくてな…様子を伺おうと覗きこんだら、しゃがみこんでしまったんだ。保健室に連れていくべきだろうか?!」
「はぁ?」
「(どうしよう、恥かしくて顔見れない…!)」






**************



天然な哲さんが大好きです。



2016/05/08



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