ダイヤのA

□狙い撃ち
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次は俺の番か。

そう思いながらバッターボックスへと足を進めると、遠くから聞こえる耳に馴染んだ曲。
うちのチーム優勢ということもあり、思わず頭の中がメロディーに支配されるくらいには余裕がある。

このヒッティングマーチは、あの日から俺だけのものだ。


―…


「うーん…」
「どうしたの、桜ちゃん?」
「あ、一也。今ね、ヒッティングマーチ考えてるの!」
「あぁ…って、それって本人の希望聞かないの?」
「んー、最初にマネージャーが考えて、選手に提案するんだって。かぶるやつとか多いから。」


それが伝統らしいよと言いながら、紙に向かっているのはマネージャーで1つ上の桜先輩。
まぁ、俺は桜ちゃんって呼んでるけど。

「ふーん…で、誰の曲に悩んでるの?」
「一也の」
「あ、俺のなんだ」
「まぁ、私の中ではこれしかないと思ってるんだけどね…これを気に入ってもらえるかっていうのが毎回ドキドキするんだよねー」
「ふーん…俺は桜ちゃんが選んでくれたものならどれでもいいけど」
「や、そういうのいいから」
「ありゃ」

即答されちまった。

「選手が本当に好きな曲、テンションが上がる曲をマネが当てる、その意思疎通が大事なの!」

普段は優しい彼女の瞳に炎が宿った気がした。

「そういうもん?でも、俺と桜ちゃんなら意志疎通できてるっしょ?」

にししっと笑いながら言えば、彼女は少し困ったように笑った。

「まぁ、なんだかんだで付き合い長いからね。」
「で?俺の曲は何にしてくれたの?」
「ん…この曲を任せられるのは一也しかいないかなって思うんだよね」
「え…?」
「一也の曲はね…」


…−


その発言とともに顔を上げた桜ちゃんの笑顔がすごいかわいかったのは今でも覚えている。
俺が1年、桜ちゃんが2年の春だった。
あれからもう一年たったんだな。
俺の中では昨日のことのように思い出されるのは、きっと打席に立つ度にこの曲を聞くからだろう。

♪〜
「ね〜ら〜いうち〜♪」

思わず口ずさんでしまうくらいにお気に入りのこの曲は、生涯俺のヒッティングマーチにしたいと思う。


―…


「『狙い撃ち』?」
「そ、一也ならここぞという時に必ず打ってくれるし!」
「…うん」
「それにね…私ね、好きなんだ」
「…はっ?!」
「この曲がヒッティングマーチの中で一番好き。だから一也に気に入ってもらえたら嬉しいな」
「あぁ…そっち…」
「ん?あっ、もしかして好きじゃない?!この曲じゃのれない?!」
「あ、いや、この曲で大丈夫……あのさ、桜ちゃん」
「ん?何?」
「俺さ…ずっと前から好きだよ?」
「えっ、『狙い撃ち』が?!」
「…あー…うん?」
「本当!よかったー!一也と同じもの好きで!」
「はっはっはっ。…まぁ、今はそれでいいや」
「ん?なんか言った?」
「んー?なんでも?」
「そう?…でも……」

納得したような顔をした後、桜ちゃんが少しだけ俯いて何かを呟いたような気がした。

「ん?桜ちゃん、何か言った?」

俺には聞こえなかったが、何か大事なことを言われた気がして聞き返した。

「えっ?!ううん、何でも?!それより、期待してるからね、初試合での狙い打ち!」


…−


懐かしいことを思い出して一気に士気が上がる。

「さてと…期待されてるとおり、いっちょ仕事してきますか!」

今日は気持ちよくバットが振れそうだ。




*** Side 桜 ***


「一也の曲はね…『狙い撃ち』でどう?」
「『狙い撃ち』?」
「そ、一也ならここぞという時に必ず打ってくれるし!」
「…うん」

うん、だって。
その自信も余裕のある感じも変わってないな、なんて思った。
それでも、それで嫌な気分にならないのは、一也にはそれだけの才能と努力の成果が確かにあるから。

「それにね…私ね、好きなんだ。」
「…はっ?!」
「この曲がヒッティングマーチの中で一番好き。だから一也に気に入ってもらえたら嬉しいな。」
「あぁ…そっち…」

自分の一番好きな曲を一番信頼している選手に託せるなんて、これ以上のことはないと思う。
けれど、一也は驚いた顔をした後、露骨にがっかりしたような声を漏らした。

「ん?あっ、もしかして好きじゃない?!この曲じゃのれない?!」

どうしよう!この曲以外一也のヒッティングマーチで選んでないよ?!

「あ、いや、この曲で大丈夫……あのさ、桜ちゃん。」
「ん?何?」
「俺さ…ずっと前から好きだよ?」

一瞬、真っ直ぐに瞳を見つめられ、胸が跳ねた。
それってもしかして…

「えっ、『狙い撃ち』が?!」
「…あー…うん?」

一也の表情が固まった気がした。
それでも続けられた肯定の言葉に胸が熱くなる。

「本当!よかったー!一也と同じもの好きで!」
「はっはっはっ。…まぁ……」

いつものように笑った後、何かつぶやいたような気がした。
でも、はっきり聞こえなかったので、慌てて聞き返す。

「ん?なんか言った?」
「んー?なんでも?」
「そう?…でも、これでたくさんの女の子たちが『狙い撃ち』されちゃうんだろうな…」

一也はかっこいいし、守備はもちろん、バッティングもすごい。
だから、試合に出て活躍したら、本当にハートを『狙い撃ち』されてしまう女子が出てくるんだろうな。
そう思うと、胸がきゅっと締まるような感覚に襲われた。
まるで大切な弟が誰かに取られてしまうような、そんな感覚…なのかな?
一也は弟じゃなくて幼馴染だし、実際に溺愛するような弟はいないから、本当のところ、この気持ちの正体はよくわからないけど。

「ん?桜ちゃん、何か言った?」
「えっ?!ううん、何でも?!それより、期待してるからね、初試合での狙い打ち!」

そう言って一也に向かってピースサインをすれば、彼は少しだけ笑って、こう言うのだ。

「桜ちゃんが見ててくれるなら、いくらでも打つよ」

その笑顔は、幼いころの無邪気なものとも、普段の悪巧みをしたときのものとも違っていて、私の胸はまたうるさく跳ねるのだ。



狙い撃ち
きっとずっと前から君に心撃たれてる




**************


恋に気づかない彼女とそんな彼女の傍にいたい御幸。


2016/05/08



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