RKRN 5年

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※報われないお話です。閲覧は自己責任でお願いします。







「鉢屋三郎先輩って、なんでいつも不破雷蔵先輩に変装してるんだろう?」

「そりゃ…変装が売りだから、素顔を隠しておきたいんじゃない?」

「いや、そうじゃなくて…なんで『不破先輩』なのかっていうことだよ。」

「さぁ…仲がいいからじゃない?」


そんな会話が後輩の中で交わされている。

それを本人が傍で聞いているなんて知らないのだろう。



鉢屋三郎。


変装の名人という異名を持つ彼の素顔を知る者はほとんどいない。

彼は常に同級生の不破雷蔵に変装している。

声こそ変えていないものの、姿かたちは不破雷蔵そのもの。

彼が不破に変装するのは、単に「仲がいいから」とされているが、実は違う。


「不破先輩の顔が変装しやすいからじゃないか?」

「ひょっとして不破先輩に憧れてるからだったりして〜!」


ぴくり、と

鉢屋の肩が揺れた。



『憧れ』



自分の中にある想いが『憧れ』に近いのか、否か。

不破の姿に身をやつした鉢屋は、そう静かに考えながらその場を後にした。





歩きながら自身が変装を続ける理由を考える。

ふと、視線を地面から正面へと移すと、

体がびくりと震えた。

瞳が門の前に立つ薄紅の着物に釘づけになる。


「あら…鉢屋くん。」


こちらに気づいたのか、「こんにちは」とほほ笑む女性。

学園の生徒や先生たちは、自分と不破がある程度見分けられると思っているだろうが、

実はそうではない。

鉢屋は「不破」と呼ばれれば、その時の気分次第ではあるが、不破になりきって返事を返す。

「鉢屋」と呼ばれても、時には「僕は不破雷蔵です」と言ってかわすこともある。

つまり、不破本人以外、鉢屋の「不破」の変装をはっきりと見分けることのできる人物は稀である。

しかし、この女性は離れた場所からでもすぐに鉢屋だと気付いた。

それはなぜか?

この女性が鉢屋のことが好きで、それ故見分けができていているのであれば、

鉢屋の胸はこんなにも締め付けられることはないだろう。


「…こんにちは。」


鉢屋は彼女に挨拶を返す。

素直に、鉢屋三郎として出た言葉。

それは、彼女に対して偽っても無駄という諦めがあったからである。


「雷蔵はいるかしら?」


彼女は、不破千雪。

不破雷蔵の実の姉である。


「雷蔵なら、多分図書室です。案内しましょうか?」

「まぁ。じゃあ、お願いしてもいいかしら?」


ふわりと微笑む彼女。

雷蔵と同じ色の真直ぐな長髪が、さらりと揺れた。

それに目を奪われ、胸がどくっと高鳴る。


「…こちらです。」


さっと彼女に背を向け、足を前へ運んだ。




胸が高鳴るのは、彼女のことが好きだからだと、

そう気がついた時には、既に鉢屋は雷蔵の姿を借りていた。


もう何年も前の話だ。

この学園に入学し、不破雷蔵に出会った春。


その年の夏、

彼女、千雪と出会った。

夏休みのため帰省する雷蔵を学園まで迎えに来た彼女に、

彼、鉢屋三郎の心は奪われた。


年は五つ上。

髪の色と笑った時の雰囲気は雷蔵とそっくりである。

しかし基本的に顔のつくりは似ておらず、それゆえ二人が一緒に歩いていれば姉弟というより恋人のように見える。



鉢屋は千雪が好きで、千雪と会える度に嬉しく思っていた。

しかし、気づいてしまったのだ。

彼女が自分を見ていないことを。

彼女の目線の先にあるのは常に雷蔵で、自分ではないと。


気がつけば、彼は不破雷蔵の姿を借りていた。

そして不破雷蔵の姿で彼女に会うようになった。



初めて雷蔵の姿で彼女の前に立った時、鉢屋の胸は期待に満ち溢れていた。

彼女は一瞬顔を強張らせたが、すぐににこりと微笑んで


『鉢屋君かしら?』


と尋ねてきた。

一瞬でばれたことに動揺しながらも


『どうしてわかったのですか?』


と問えば、


『似ているけど、わかるのよ。私は雷蔵の姉なんだもの。』


と柔らかく微笑むのだった。

そしてこう言うのだ。


『それに、鉢屋君は鉢屋君だから。』



鉢屋は驚愕した。

自分の変装が見破られることはそうそうなかった。

姉というものは忍術までも見破ってしまうものなのかと、鉢屋は心底驚いた。

そして、他人に扮した自身を『鉢屋三郎』と認識してもらえたことに喜ぶ自分に気づく。

見分けられることに言い知れぬ喜びを感じた。

変装して隠してきた己を見出されることを望んだ。

しかしその半面、彼女に見破られないくらい変装を上達させたいと思うようになった。


彼は変装の腕に磨きをかけた。

しかし、彼女は不破の変装をことごとく見抜く。

鉢屋にとってそれは悔しくもあり、嬉しくもある。

彼女に会うのが楽しみで、仕方なかった。



しかし、そんな生活が暫く続いて、鉢屋は気が付いたのである。


自分が不破雷蔵になりきることは不可能だと。


いや、彼女、千雪の前で不破雷蔵を演じることに限界を感じたと言った方が正しい。

彼女を騙すことはできない。

彼女はどんな者が不破を演じたところで見抜いてしまう。

それを痛感したのだ。


彼女の眼は騙せない。





「…ここです。」


気が付けば図書室に着いていて、鉢屋は静かに戸を開けた。


「雷蔵。」

「あれ?三郎どうしたの?」

「…千雪さんがいらしてるぞ。」

「え?姉さんが?」


雷蔵は図書室から出ると、顔を綻ばせる。


「姉さん!」

「雷蔵、久しぶり。元気にしてた?」


鉢屋は彼女の顔を見て、そしてその表情に胸が締め付けられる。


彼女は今とても幸せそうな顔をしている。

先ほどまでの作った笑顔ではなく、本心から喜んだ顔だ。


それに気が付くまで、自分は何年かかったのだろう。

鉢屋は視線を床へと沈めた。

彼女の瞳に、自分は映っていない。

彼女の眼に映るのは、雷蔵だけ。


「そういえば、縁談の話が来てるってきいたけど…」

「心配しないで。丁重にお断りしましたよ。」

「そうなんだ。無理に進められてるのかと思って心配したんだ。」


安堵の表情を浮かべる雷蔵を見て、頬を蒸気させ、笑顔を浮かべる千雪。


「安心して。私はどこにもいかないから。」


鉢屋はそんな彼女を見つめ、逸らし、その場を静かに後にした。







「…あ!三郎!」

「…雷蔵。」


再び木の上で空を仰いでいれば、下から自分の名を呼ぶ声がする。


「…もう帰ったのか?」

「姉さん?あぁ、さっき帰ったよ。」

「そっか…」

「三郎…ごめんね。三郎は姉さんが苦手なんだよね。」

「…は?」

「え?違うの?」

「……どうだろうな。」


そう言って鉢屋は再び空へ顔を向けた。


鉢屋は千雪が好きだ。

しかし、彼女の瞳には雷蔵しか映らない。


そうか、だからか。

だから自分は雷蔵の姿を借りているのか。


そう納得すると、鉢屋は口元に乾いた笑みを浮かべた。



「…苦手なのは向こうだろうな。」



目を閉じれば、暗闇の中にいつものように微笑む千雪の姿が浮かんだ。


自分が見ていた彼女の微笑みは仮面にすぎない。

その仮面の下には、愛しい者の姿を真似る輩への怒りと蔑みを孕んだ瞳があった。

その冷たい瞳に映っていたのは、雷蔵の姿を借りた男が必死に何かを訴えている醜態であった。


男は叫ぶ。


「俺を愛してくれ」と。


そして、嘆く。


「俺を見てくれ」と。


しかし、その叫びが彼女に届くことは決してなかった。




西に太陽が沈み、暗闇が空を支配する。

風が吹き、先ほどまで隠れていた月が顔を出す。

それはとても赤く、歪んだ月であった。





歪んだ月








2011/12/01


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