Other

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※暗い話です。OKだよって方のみご覧ください。





『話があるんだ』

電話越しの彼の声はいつもと同じで優しかった。

幼いころに引っ越してきて以来、私たちはずっと一緒だった。
男と女だから次第に少しずつ離れていったが、
別々の遊びをしても帰り道は一緒。
家は隣で、部屋の窓を開ければ彼の部屋が見える。
あまりも近い距離にいた私たちにとって、それ以外の距離が存在するなんて考えられなかった。
彼が自転車に乗り出すまでは。

自転車はずるい。
私から彼を奪った。
もともと私のモノではない。
けれど私の幼馴染だった彼を虜にし、彼と私との時間を奪った。
果ては、遠く離れた高校まで彼を連れていってしまった。

自転車はずるい。
私を一緒に連れていってはくれないんだ。

『寿一を振ったって本当?』

本当のことだ。
中学校時代に見初められたらしい私は、つい先日彼に告白されたのだ。
中学の時からずっと好きだったと顔を真っ赤に染めながら言う彼は、冬だというのにすごく暑そうだった。

しんとした静寂の中、私はこう言ったのだ。

「ありがとう」と。

そして満面の笑みでこう続けたのだ。

「でも私は福富くんのこと大嫌いだから、付き合うなんて無理」と。

石のようになった彼がその後どうやって箱根の山まで帰ったのか知らない。
私はすぐに彼に背を向け帰宅したのだから。

彼のことは嫌いだった。
性格がとか、そういうところではない。
彼は私から幼馴染を奪った一人だからだ。




「え…自転車部…?」

中学1年の春、私は隼人とクラスが離れてしまった。
クラスまで会いに行ってみれば、隼人はいつものように優しく私に告げた。

「あぁ、昨日体験入部したんだがおもしろくってな。おめさんのクラスの寿一くんに誘われたんだ」
「寿一くん…?」
「ん…福富寿一くん」

福富くんか。
席も割と近い、けどまだ話したこともない人だ。

「そっか…」
「おめさんは?テニス部か?バスケのマネージャー?」

隼人がテニス部なら一緒にテニスができると思っていた。
隼人がバスケ部ならマネージャーとして支えようと思っていた。

「私は…」

言いかけた時にチャイムが鳴った。

それを聞いて隼人が「そろそろ戻ったほうがいいぜ」と言って席に戻っていった。
廊下に取り残された私は重い足取りで自分のクラスに戻った。


それ以来、私が隼人のクラスに行くことはなかった。
私は何部にも入らなかった。
何の因縁かわからないが、隼人とは3年間同じクラスにならないのに、
福富くんとは3年間同じクラスだった。

隼人が私たちのクラスを訪れることは頻繁にあった。
でもそれは福富くんに会いに来ているのであって、私に会いに来ているわけではなかった。
だから私は避けた。
彼らの視界から、彼らが視界に入らない位置へと。




『こっぴどく振ったらしいじゃないか』
「…嘘ついて付き合っていればよかったって思ってるの?」
『いや、そうじゃないが…』

言い淀んだ隼人が静かに息を飲む音がした。
驚くなんて今更だ。
あなたの知っている私なんて、もうずいぶん前からいないんだから。

「…福富くんに聞いたよ、明早大に行くんだってね」
『あ…あぁ』

また、自転車か…

『**も確か同じだったよな、明早大が第一志望って…受かったんだろ?』
「受かったよ。…でもいかない」
『…え?』

自転車はずるい。
彼を連れてどこまでも行ってしまう。

「私、イギリスの大学行くから」
『そっ…そうなのか…俺はてっきり…』

てっきり一緒の大学に行けると思った?
それを望んでいた私はもういない。
あなたも、それを望んでないでしょ?

「隼人…自転車好き?」

突然の問いに彼の動揺が伝わってくる。
彼は戸惑っているだろう、幼馴染の変化に。
幼馴染だった少女が知らない女にすり替わったかのような感覚に。

「私は自転車なんか大嫌いよ」

そう言って、電話を切ったのは私だったか隼人だったか。
今ではもうわからない。


どうして彼の乗る自転車には荷台が付いていないのだろう。

もし、あなたの愛車に荷台がついていれば、少女漫画でよくあるような二人乗りをして、どこまでも連れていってもらえたのに。

もし、あなたが自転車以上に愛してくれれば、荷台がなくとも、この足であなたにどこまでもついていけたのに。

すべてはもう終わった話。



自転車はいくよ、どこまでも



追いかけて、立ち止まって、背を向けて。

歩き出したのは別の道。




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暗い…書いたのずいぶん前なんですが発掘記念に公開してます。

2015/5/16


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