RKRN 6年

□食満留三郎
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「大きい手だね」


白く柔らかい手が、俺の傷らけの右手を掴んでそう呟いた。

顔を手から目の前の彼女に向ければ、彼女は「少ししみるよ」と言った。

指先に冷たい液体が触れ、それが傷口に染み込んで痛みを生んだ。


「ッ…」

「大丈夫?」

「あ、あぁ。大丈夫だ。」

「そこまで深くなさそうだから、すぐ治るとは思うけど…」


彼女は傷口を軽く拭い、小さく切った布を当て、それを包帯で巻き始めた。

テキパキとした無駄のない動きに、思わず見とれる。


「できた。」


真剣だった彼女の顔から力が抜けて、ほっとしたような笑顔を見せた。


「あっ、ありがとな!」


慌てて礼を言えば、彼女は「どういたしまして」と言いながら、治療に使った道具を片付けていた。


「じゃあ、私は行くね。」

彼女がそう言って俺に背を向けた。


「あ、あのっ」

「え?」


彼女が振り返り、大きな瞳が再び俺の姿を捕える。


それに心臓が跳ね、口が思うように動かない。


「あっ…その…」

「?」

「っ……」


彼女の瞳はまっすぐ俺を向いてるのに、俺の視線は地面に向いている。


それに情けなくなり、意を決して顔をあげた。


「俺、食満!」

「え?」

「食満留三郎って言うんだ!」


自分でも驚くほどの声が出てしまい、彼女の目が驚きの色を示している。

一気に気恥ずかしさが襲ってきて、顔が焼けるように熱く感じた。


彼女は相変わらず俺を驚きのまなざしで見つめている。


その瞳に見つめられることに堪えられなくなり、再び地面に視線を落とした瞬間、


「食満くん」


柔らかな声が俺を呼んだ。


見ずとも誰が呼んだかはすぐにわかった。

顔をあげれば、彼女は微笑みながらこう言った。



「私の名前は……」











「食満くん?」


呼ばれたことに意識が引き戻されて瞬きをすれば、白い手が俺の手に触れているのが視界に入った。


「どうしたの?痛む?」


顔を上げれば、心配そうにこちらを見る彼女の瞳に自分の顔が映った。


「いや……初めて手当てしてもらった時のことを思い出してた。」

「初めて……あぁ、食満くんが大声で自己紹介してくれた日だね。」


少し考えて、思い出したのか目の前の彼女はくすくすと笑い始めた。


「わっ、笑うなよ!」

「ごめんごめん。もうあれから三年も経つんだね。懐かしいなぁ。」


そういうと彼女、くのいちで同い年の伊集院椿は、再び俺の指に包帯を巻き始めた。


「それにしても、最近怪我多いね?」

「前は伊作に手当してもらうことが多かったから……最近は怪我したって言うと伊作が鬼のような顔をするからな。」


これは決して嘘ではない。

伊作は俺が怪我をすれば「また文次郎と喧嘩したの!?」と恐ろしい顔をするようになってきているし。


くのいち教室を代表して用具委員会を手伝ってくれてる伊集院に手当てしてもらうようになったのは、出会ってから暫く経ってからだった気がする。

いつの間にか彼女に手当てしてもらうのが当たり前になっていること、今さらながら驚く自分がいる。


「また潮江くんと喧嘩したの?」

「あいつが喧嘩売ってくるんだよ。」

「仲がいいね。」


反論しようと口を開いたが、次の言葉を発する前に彼女の声が聞こえた。


「でも、程ほどにね。」


手が温かさに包まれて、自分の手に視線を向ければ、彼女の両手が俺の右手を包み込んでいた。


「私…食満くんに怪我してほしくないから。」


彼女がそう呟いて、悲しそうに微笑んだ。


カーン!


「あ…もう夕飯の時間だね。食事に行こうか?」


鐘の音で顔を空に向けた彼女は、道具を片付け立ち上がった。


俺は丁寧に包帯を巻かれた自身の右手を見つめたまま視線を動かせないでいた。



「…食満くん?」

「あ…いや、なんでもない。」

「どうしたの?痛む?」

「いや…なんていうか……」

「?」


少し離れたところにいる彼女がきょとんとした顔をこちらに向けてる。


俺は胸の奥底から沸き上がる何かを飲み込み、言葉を告げる。


「ありがとう、椿」


そうすれば、彼女は驚いたように目を見開く。

が、すぐにふわりと微笑んで口を開いた。


「どういたしまして、留三郎。」



彼女が俺に背を向けた後、今まで彼女が触れていた手を見つめる。


僅かに残る彼女の手の温もり。


それを感じながら瞳を閉じれば、飲み込んだはずの言葉が、感情が、胸にじわりと溢れ出す。





君に恋した




この温かくも切ない気持ちを君にどう伝えよう。






*********

雰囲気小説になってしまいました…。

食満くんだけ仲間はずれ良くないと思い書いてみたけど、やっぱり他の五人の夢と何かが違う気がする←

ちなみにこの後『富松作兵衛の苦悩』へと続いていくわけです。

続かなくても大丈夫なんですが、一応『富松作兵衛の苦悩』での食満くんと椿さんの馴れ初めはこんな感じだったということで。

これにて六万打企画終幕!


2012/07/12



 

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