APH

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いつもの時間、

いつもの席、

そんな日常を自分以外にも愛してる人と出会った。




初めて行ったカフェが馴染みの店になって、もう3ヶ月。

昔からの馴染み仲間と明け方まで飲んで、それでも家に帰って眠る気分じゃなくて、

そしたら悪友の一人が「いい店があるんだ」といって連れていってくれた店。

それが、このカフェ。

雰囲気の良い落ち着いた喫茶店。

BGMにクラッシックが僅かに聞こえる。

朝早くにも関わらず人が結構入ってる、でも静かな店内。

一番気に入ったのは通りに面したカウンター席。

壁一面、一枚ガラスで外界と隔てられた窓際のカウンター席。

外からはあまり店内が見えないような特殊なガラスらしく、人の視線を気にすることなく座ることができる。

ちょうどそのカウンター席に座ると、眩い日射しが差し込んでくる。

「あぁ、この時間向かいから日光が当たるから、他の席にしようか。」

そう言って悪友が立ち上がろうとしたけど、

「いや、ここでええよ。」

俺はこの場所が気に入った。

「えぇー、お兄さん眩しい…」

隣でなんか言うてても気にならん。

時刻はちょうど8時ぴったり。

大通りを挟んだ向かいのビルが高すぎるせいか、その時間にならないと太陽が拝めないこの席。

眩しくて誰も座らない、朝のカウンター席。

太陽が大好きな、俺だけの特等席。



それから俺は毎日のように通った。

コーヒーの味も、モーニングセットの味も抜群なそのカフェは俺のお気に入りになった。

トマトのサンドウィッチとかもう最高やん!

毎日朝陽が差し込む8時にあの席に座る。

そして、眩い光に包まれて一日が始まる。

あぁ、幸せや・・・



そんなある日、もっと幸せなことが起こった。

いつもよりちょっと早くカフェに着いた日、二人がけのテーブル席に若い女の子が座ってた。

朝早い時間はサラリーマンや渋いおじさんとかばっかりだったから、女の子、しかも若い子は初めて見た。

机の上に書類のような紙を広げ、真剣に睨めっこしていた。

まだ若く、擦れたような感じもせず、社会人になって間もない印象を受けた。

熱心やなぁと、その子を横目に見ていると、

ふとした瞬間、目があった。

どきっとした。

白い肌。

柔らかそうなダークブラウンの髪に、派手すぎない清楚な格好。

長い睫毛で飾られたやや色素の薄い大きな瞳に見つめられ、息がつまった。



呼吸を忘れた。



あかん、目が離せん。

こんなにじっと見つめたら彼女に変に思われる。


でも、


目が、


視線が、


離せん…。



次の瞬間、視界が白くなる。

ちょうど8時になったのか眩い光に遮られて視界がはっきりとしなくなった。

光が差し込んで少し落ち着くころには、どうにか視線を体の正面に戻し、平静を装うことに成功した。

気になってあの子をちらりと盗み見れば、パタパタと書類を鞄にしまい、席を立っていった。

あぁ…やっぱり変に思われたんかなぁ。

自己嫌悪が襲ってくると、さっきの子がガラス越しの大通りを歩くのが見えた。

腕にはめた時計を何度も見ている。

ひょっとして、会社に行く時間やった??

俺は期待と不安でその日一日落ち着かない気分で過ごした。


そして、次の日。

いつもより早く、8時10分前に店に着く。

あの子がいる!

こっそり確認して、いつものメニューを頼み席に着く。

今日は読書している。

昨日のこと、気にしてへんかな。

声をかけようか。

そんなことをもやもや考えていると、いつものように朝陽に包まれ、視界が真っ白くなる。

あぁ、もう8時か…

すると彼女が椅子を引く音が聞こえた。


やっぱり。


どうやら、彼女は8時に朝陽が差し込むことを知っているようだ。

そして、彼女は8時過ぎにはこの店を出るらしい。

それが確認できた瞬間、俺は胸を撫で下ろした。

そして、同時にあることに気がつく。


俺は彼女に惚れてしまったんだ、ということだ。


あぁ、顔が熱くなってきた。

まるでこれじゃトマトやん。

頭を抱えながら、まだ手をつけてないお気に入りのトマトサンドウィッチを見つめた。



その後、ほぼ毎日通った。

あの子は俺の存在なんか気にしてないみたいで、いつも8時過ぎには店を出ていく。

俺は声をかけるか迷った。


でも、


ある時ふっと周りを見渡すと、この時間帯の客は皆一人で来ていることに気付いた。

雑踏の中に消えてしまわないように、心を落ち着かせているのか、

砂漠の中の唯一のオアシスのように、この場所で一息ついてそれから仕事に向かうような人が多くいた。

また、老後という生活を優雅に生きているような老人は一人で新聞を読んでいる。

一人で来るというのは自分の時間を確保しているのかもしれん。

彼女は俺が来るずっと前からの馴染み客のようだったし、俺もこの店が気に入っていた。


だから、


声をかけることですべてを壊したくなかった。

彼女に迷惑かけたくない。

毎日一目会えるだけでいい。

俺はおいしい朝食食べて、お日様に当たって、

そして彼女の顔を少し見れればそれでいい。

そう思い、彼女が店を出るほんの少し前にくるようになった。

それくらいの贅沢言っても罰当たらんと思ってた。



でも、


ある日、彼女が店に来てなかった。

いつもよりちょっと早く着いたのに。

俺はためらいながらも、店のマスターに声をかけた。

「いつも来とる女の子、今日はもう出たん?」

すると、マスター(まだ若くて、メガネかけてて、影薄いんやけど)が笑顔で、眉を下げながら言う。

「今日はいらしてないんですよ。珍しいですよね。」

「そっか…」

しょんぼりして席に着くと、ガラス越しの大通りがいやに渋滞していることに気づいた。

カランコロンというドアベルの音がして振り向いてみると、馴染み客のじいさんが新聞片手に入ってきた。

「マスター、おはよう。いつもの頼むよ。」

「おはようございます。今日は遅かったですね。」

「あぁ、大通りで事故があったらしくて、道が混んでたんだよ。」

そんなやり取りが聞こえてきて、道の大渋滞の理由がわかった。

そっか、事故か…



…事故?



「事故ですか〜怖いですね。」

「結構ひどい事故だったみたいでね。あぁ、今頃ニュースでやってるんじゃないかな。」

マスターがテレビを着ける音がしたので、弾かれるようにそっちに顔を向けた。

嫌な予感がする。

「あぁ、本当だ。うわー、玉突き事故ですか。」

俺は無意識のうちに立ちあがっていた。

「歩行中の女性1名が重体か…可哀そうに…」
 
テレビに映った大事故の様子。

被害にあった女性の物だろうか、

アスファルトについた血液と、片方だけのハイヒールが落ちている映像。

そのハイヒールは彼女の履いていた物とあまりに酷似していた。


ざわり、と


背筋が凍った。



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