APH
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その人はいつも眩しかった。
だって、いつも一番日射しのあたる窓際に座っている。
ちょうど太陽が眩く照りだす午前8時。
あの人は毎日馴染みの店にやってきて、モーニングセットで朝食をとる。
お気に入りは窓際に置かれた、背の高いカウンター席の一番壁側。
一人掛けの高い椅子にひょいと腰掛け、熱いコーヒーをブラックで啜る。
一口飲みこむと、カップの中身からガラスで隔てられた空へと移す。
そして昇り切った太陽の眩い光に包まれる。
眩しそうに目を細めながら微笑むあの人。
それを見ている私はもっと眩しかった。
いつもの光景を見た後、私はすぐに席を立つ。
仕事さえなければ、もっとあの人を見ていたいのに。
神様はいたずらなようで、私が8時に店を出なければ遅刻してしまうのに、あの人はいつも8時にしか店に来ない。
馴染みのオシャレなカフェで、私のお気に入りの場所。
ここに私が通い始めて1年。
あの人と出会ってまだ3カ月。
あの人の笑顔に心奪われてもう3カ月。
きっとあの人は私のことなんか眼中にないんだろう。
一度も視線は合っていない。
いや、合っても困るんだけど…。
程よく焼けた肌に引き締まった体、
柔らかそうな茶色の髪に綺麗な緑の瞳、
異国の雰囲気を醸し出しながらも、そのオーラは柔らかで、
まるで朝陽のようだと思った。
椅子に浅く横掛けし、長い脚を時々組む。
時たま左肘をテーブルについて、物思いにふけたような瞳で空を見つめる。
その仕草はなんだか綺麗で、私はあの人の横顔に見惚れてしまう。
でも
あの人は眩しすぎた。
もっとあの人を見つめていたいと思っても、眩しくて目をそらさずにはいられない。
私のお気に入りはあの人が正面に見えるテーブル席。
わざわざここを選んだわけではなく、一年前からずっとこの席だ。
だから、あの人を見るためにここに座ってるわけではない。
それでも、この席に座っていたおかげであの人と出会えたわけだから、この席を選んだ一年前の私に感謝している。
あの人が席について3分もしない内に私は立ち上がり、店を後にする。
名残惜しいが、明日も会えますようにとささやかな希望を持って出勤する。
あの人に会えるだけでいい。
私のことを一生知らないままでもいい。
だから、もう少しだけ、見つめさせてください。
…こんなのって図々しいかな…??
そんなことを考えていた翌日、罰が当たった。
朝、カフェに行く途中でヒールが折れてしまい、家に引き返すことになった。
さらに、どこかで起こったらしい事故のせいで、道は大渋滞だった。
お陰でカフェに寄る時間は完全になくなってしまった。
やっぱり、図々しいこと期待したからだ。
すごく気分が落ち込んだまま、重い脚を急かして出勤した。
次の日、カフェに行くかどうかで迷った。
浅ましいことを考えている自分にうんざりしていた。
平凡な自分なんかに似合う人ではない。
私なんかに見られているなんて知ったら、あの人はきっと気持ち悪く思うだろう。
それでもいつの間にか脚はカフェに向かっていて、いつの間にかドアの前に立っていた。
現在7時きっかり。
いつもより30分ほど早い。
…今日から10分早く出よう。
あの人がいるから通っていたわけではない。
けれど、今の私はあの人を一目見たいがために通っているも同然だった。
今日からはいつもより10分早く店を出てあの人に会わないようにしよう。
どうせあの人は8時ぴったりにしか来ないんだから。
そう自分自身に言い聞かせ、カフェのドアを引いた。
いつもの席に着き、いつものメニューを頼む。
いつもの順番でゆっくり朝食を食べ、砂糖とミルクで甘くしたコーヒーを啜る。
カップの中から視線を数メートル先に移すと、正面に誰も座ってないカウンター席が映る。
この時間帯は客数も少なく、眩くなるカウンター席には誰も座っていない。
それでもあの人は、いつもあの眩い席を好んだ。
まるで、太陽の友達みたいに、明るい光に包まれていた。
私はいつもの光景をぼんやり思い出しながら、空のカウンター席を見つめていた。
カランコロン
古風で軽快なドアベルの音が鳴り、はっとする。
視線に映っているのは空のカウンター席。
いけない、ボーっとしてたと、頭を軽く振ると聞き覚えのある声がした。
「マスター、おはようさん。いつもの頼むわ!」
驚いて入口を見ると、あの人がいつものように入ってきた。
え?!もうそんな時間?!
どれくらいぼーっつとしていたんだろう。
せっかく10分早く出ようと決心したのに…!
慌てて腕時計を見ると、
時刻は7時15分を回ったところ。
…あれ?
壊れているのかと思い、慌てて顔をあげて入口近くの壁に掛けられた店のアンティーク調の大きな時計に目をやる。
やっぱり、15分。
おかしい、だって、
だって、
だって、
あの人は…
「おはようございます」
顔だけ左に向け、時計にくぎ付けになっていると、近い場所から声がした。
驚きのあまり、ゆっくり顔を正面に戻すと、
二人掛け用の私の席の向い側に、あの人が立っている。
立って、私に向かって少し屈んだような体勢でこっちを見ている。
「…え?」
何が起こっているんだろう?
あぁ、ひょっとしたら私は夢か幻覚を見ているのかもしれない。
だって、
「よかったら、ご一緒してもええですか?」
あの人が、私に話しかけている。
「っ…」
あの人が
「あっ、邪魔やったら断ってもらってええんやけど…!」
困ったような、照れたような顔してる。
「じゃっ、邪魔なんかじゃないです!!」
焦って、勢いよくそう口にすると、一瞬ぽかんとしたあの人の顔が、
やさしそうにほほ笑んだ。
それはまるで朝陽のように
夢なら覚めないでと、
頬を抓ってみたら、あまりの痛さに涙が出た。
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甘党ヒロイン。
親分も甘党かもしれないけど、コーヒーはブラックかなと思った結果の作品。
2010/08/20
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