ぬらりひょんの孫 半血の継承者
□第4幕
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狛犬の蓮と、ぬりかべの黒も息があったコンビネーションで京妖怪を着実に1匹ずつ倒していった。
ぬらりひょんが羽衣狐に駆けた。愚直なまでに一直線に猛進していた。
案の定羽衣狐の尻尾により迎撃され、膝をつく。
羽衣狐がぬらりひょんに気を取られている内に詩翠は羽衣狐の真上まで忍び寄り、こん棒を振り下ろした。
「見えておるぞ。小娘」
ぬらりひょんに伸びていた尻尾は瞬時に羽衣狐の元へ戻り、そのまま詩翠に向かって伸びてきた。
「くぅ!」
何とか大部分をこん棒で防ぐことは出来たが、脇腹や足、肩などにかすり、傷が増えていった。
そのまま飛ばされ、ぬらりひょんの横へ落ちた。
「ほう……この女に惚れているのか……この芝居は本当(ほん)に奇想天外じゃ」
詩翠とぬらりひょんは膝をつきながらも立ち上がろうとしている。
「この姫、妖をたぶらかす力を持っておるのか。ますますその生き肝、喰ろうてみたくなったわい」
羽衣狐は珱姫の顎をクイと上げ、自分の口を近づけながら言った。
「珱姫えぇぇぇぇぇーーーー!!」
ぬらりひょんは叫ぶと同時にまた羽衣狐に猛進していた。
「はぁ……少しは冷静になんないとダメでしょうに」
ため息をつきながら詩翠はぬらりひょんの後を追ったが、また目の前でぬらりひょんは羽衣狐の尻尾に躍らされ、強烈な一撃により、畳に伏せられた。
「ガ……」
「芸が無いのう一方的に向かってくるのでは。少しはやるかと思っていたらお前もそこらの凡百の妖と一緒か、これは『余興』じゃぞ……楽しませてみろ」
不敵に笑う羽衣狐の表情は余裕しかない。突っ伏されたぬらりひょんを見下げ、尻尾を振りながら羽衣狐は言葉を続けた。
「お前にこの尻尾の数が見えるか? わらわも数えてはおらん……わらわの『転成』した数と同じじゃ。歯向かってくる血の気の多い妖に反応するようになった」
そこで急に立ち上がったぬらりひょんがまた羽衣狐に向かって行った。
また羽衣狐の尻尾が反応し、ぬらりひょんに容赦なく襲い掛かる。しかし、次に傷ついたのは詩翠だった。
ぬらりひょんの前に現れ、庇うようにして尻尾の攻撃を受けた。
「痛っ!」
対象は違えど羽衣狐は攻撃をやめなかった。
「お前でも良いぞ。踊れ、死の舞踏を。妖の血肉舞うのが演目ならそれもよかろうて」
しかし、その尻尾はやがて詩翠の後ろのぬらりひょんにまでおよんだ。
「妖様あぁあー!」
珱姫が捕まっている羽衣狐から逃れてぬらりひょんの元へ行こうとするが、羽衣狐に押さえられた。
「おっと……だめじゃ能力は知っておるぞ……そういうのはつまらん」
珱姫は捕まりながらも叫んだ。ぬらりひょんに。
「なぜ!? こんな無茶を!! 私は……妖様が分かりません!! こんなになるまで……男の人は皆そうなのですか……!?」
珱姫が涙を流しながら訴える。心の叫びの様に。
「カワイイことを言うのう珱姫……いいかぇ? 世の中は人でも妖でも『カシコイ男』は大勢いるのだ」
羽衣狐の言葉が耳に届いているのかいないのか分からないが、珱姫お視線はぬらりひょんから動くことはなかった。
その様子を見てか、羽衣狐が分かったように言った。
「男を知らんな。初めて知った男があんなバカで愚直で……カワイそうに。そして……それが最後の男なんじゃからな」
羽衣狐が言い終わるとぬらりひょんが再び立ち上がった。その傷だらけの体に鞭打って。
「珱姫……ワシはお前の目に……今どう映ってる? やはりそいつが言うように、バカに映るか……?」
ぬらりひょんの言葉に無言で首を横に振る珱姫。
「あんたのことを考えるとな……心が……綻ぶんじゃ……」
ぬらりひょんの言葉に珱姫は意外そうな表情を浮かべた。
「例えるなら『桜』、美しく……清らかで……はかなげで、見る者の心をやわらげる。あんたがそばにおるだけできっとワシのまわりは華やぐ。そんな未来が……見えるんじゃ。なのに……あんたは不幸な顔をしてた。ワシがあんたを幸せにする……どうじゃ、目の前にいるワシはあんたを幸せに出来る男に見えるか?」
珱姫の瞳からまた涙が流れる。
「フハッ……見えんだろうな……ワシはあんたにカッコイイとこを見せつけて、ほれさせにゃーいかんのにな……あんたに溺れて見失うとこじゃった」
雰囲気が変わった。それは先程までの愚直な男ではなかった。
「そろそろ返してもらうぞ。羽衣狐」
(これが……私の父様)
「妖……様……?」
珱姫の表情は一辺し、少し怯えるような顔になっていた。
「行くぞ。ここからが闇────妖の…………本来の戦じゃ」
羽衣狐の尻尾が反応を示さない。そこに"敵"がいるのに……居るのに、見えない様だ。
ぬらりひょんが目の前まで来て、やっと尻尾が反応し、持っていた剣を弾き飛ばした。
しかし腰に忍ばせていたもう一つの刀をぬらりひょんは鞘から抜いた。
「同じことを!!」
また羽衣狐の尻尾がぬらりひょんを襲う。だが、次は違った。その刀は尻尾をものともせず、そのまま切り裂き、羽衣狐の顔までを切り裂いた。
「やるね。さすがだよ」
ぬらりひょんの畏を目の当たりにした詩翠が感嘆の声を漏らした。
切られた羽衣狐は何が起こったのか分からないみたいだった。
「な、なんじゃ……? その、刀は……?」
羽衣狐が驚愕の言葉を漏らした時、異変は起こった。
切られた傷口から大量の血と妖気が吹き出したのだ。
「おおおおおぉぉおおぉ! ぬ、ぬけてゆく……ワラワの妖力が! 抜けてゆく!?」
それは天井を突き抜け、京の空へと飛んでいった。
「ま、ま……待て! どこへ行く……? 戻りやあああぁぁぁ! 何年かけて集めたとおもうとるぅー!!」
羽衣狐もそれを追いかけ、天井をぬけて行った。
「珱姫ー!」
羽衣狐の行方よりも珱姫のことを心配し、周りを確認するぬらりひょん。それに答える様に牛鬼が叫んだ。
「総大将!! ここはオレ達に任せろ!! あんたはあいつを追え!! とどめを……刺しにいけー!!」
下僕(しもべ)の言葉に不敵な笑みで返し、
「牛鬼……!! まかせたぞ!!」
ぬらりひょんは開いた穴から上へ上へと登って行った。
「待て!! 行かせんぞ!」
ぬらりひょんの後を京妖怪達が追い掛けようとする。
しかし阻まれた。傷を負いながらも瞳の輝きが失うどころか、増している奴良組のモノ達に。
「おっと。あんたらの相手は……俺達だぜ?」
駆け上がる。羽衣狐を追いながら、魑魅魍魎の主への階段をもぬらりひょんが駆け上がる。
「そのまま魑魅魍魎の主へと、駆け上がれ!」
牛鬼の声が聞こえた様な気がしたが、今更足を止める訳にはいかない。
屋上に着き、てっぺんまで登ったとき、気が付いた。いや、気が付いたが遅かった。
羽衣狐の尻尾が、ぬらりひょんの左胸を狙い、一直線に伸びてきていた。
しかし、その直後にまた気付いた。それよりも気が付いておかなければいけなかったことに……。
貫かれたのはぬらりひょんではなく、彼を庇う様に抱き着いてきた詩翠の背中だった。
そしてその衝撃で詩翠の笠が空を舞い、その端麗な顔があらわになった。
頭から生えた小さな2つの角。大きく、クリッとした黄色い瞳。
どこかしら珱姫にも似ている様な顔。その顔を、ぬらりひょんは知っていた。
「翡……翠……?」
尻尾は詩翠の背中から抜けたが、その先には肝が握られていた。
「フン……良いところで邪魔ばかりしよって。お前の肝ごときで"力"が幾分も戻るとは思わんが」
そう言いながら羽衣狐は詩翠から抜き取った肝を食った。
詩翠は優しく微笑みながらぬらりひょんから少し離れ、こん棒を持ち直し、羽衣狐に対峙した。
その瞳に見られた羽衣狐は形容しがたいナニカを感じた。
「お前……ナニモノじゃ?」
「私は……」
詩翠は高々と宣言した。目の前の"敵"に向かって。