ぬらりひょんの孫 半血の継承者

□第3幕
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「で、あんたらは一体何者だ?」

 大きな宿の一室、ぬらりひょんの後ろには鴉天狗、狒狒、牛鬼が座っていた。

(この三人が最も信頼しているモノ達……?)

 対する詩翠の後ろには蓮、黒(ぬりかべ)、咲が座っている。部屋に入れられても詩翠は笠を取らずに、それどころか深く被って顔を見えない様にしていた。

「私達はただ流浪の旅をするモノ達さ、とりあえず礼を言うよ、宿をありがとう」

「貴様……! 室内に居る時くらい笠をとらんか!?」

 鴉天狗が声を荒げながら言った。

「そう堅いこと言いなさんな。こればかりは譲れん私の意地なんだ。許してほしい」

「まぁ良いじゃねぇか、鴉天狗。それよりあんた、声を聞く限り女だと思うんだが……しかも若いと見た。これは当たってるか?」

 鴉天狗をなだめ、ぬらりひょんはまた詩翠に問い掛けた。

「あぁ。確かに私は女だ。歳もアンタらの組から見ればぺーぺーだろうね」

「そこでもう一つ質問だ。その若い女がさっきどうやってワシの前まで来れた?」

「……」

 詩翠は黙ってしまった。それは自分でもどうやったか分からないからだ。鬼の"力"の使い方は翡翠からそれなりには教わったつもりだが、あんな"力"が自分にあったなんて思ってもなかった。だからぬらりひょんの質問には答えることが出来なかった。

「だんまりか……。まぁいいさ、時間を取らせて悪かったな。今夜はゆっくり休みな。ワシはちょいと出てくる」

 ぬらりひょんは立ち上がり、部屋から出ていこうとした。

「総大将、どこへ?」

 鴉天狗が尋ねるとぬらりひょんは何食わぬ顔で答えた。

「お前が教えてくれた絶世の美女のとこだ」

 そう言い残し、ぬらりひょんは京の町へ消えて行った。
 その日は特にすることもなく、久々の風呂を貸してもらい、美味しい料理に舌鼓をうち、暖かい布団で横になった。

(布団なんて何年ぶりだろ……お風呂にも入れたし、今日はいい日だなぁ……でも……)

 ぬらりひょんにすぐ自分が娘だと知らせなかったのは、少しぬらりひょんを近くで観察したいからだった。母が愛した妖怪を……。
 そんなことを考えていると詩翠はすぐに夢の中へと落ちていった。もちろん蓮や黒、咲とは別室だ。






 ────とある公家屋敷の一室。

「思いつめた憂い顔が、これ程月夜にはえるとはな」

 背後から聞こえた声に護身刀を抜きながら女性は振り返った。

「何奴!? くせもの……」

 しかし、抵抗虚しく一瞬にしてぬらりひょんに押し倒されてしまった。

(!? おいおい、こいつぁ……)

「フ……成程、噂どおり絶世の美女だ。ワシはお前が欲しい」

「いやっ」

 ジタバタと抵抗してみるものの全く意味はなかった。

「痛い……離して下さい! 何を……何をなさるのです!!」

(妖……!? 私の生き肝を狙って……!?)

 恐怖が女性を支配し、自然と右手に持つ刀に力が入る。

「フン……鴉天狗の言う通り、いい女じゃ……」

 ぬらりひょんが言葉を最後まで言い終わる前に押し倒された女性は刀でぬらりひょんの左手を切り付けた。

「……フン」

 切られても全く動揺などせず、余裕の笑みを浮かべていた。
 しかし、その余裕の表情も次の瞬間には驚愕の表情に変わっていた。傷口から血と妖気が噴き出したからだ。

「おいおい……それは妖刀か……」

「!?」

 女性は刀を畳に置き美しい両手を傷口にかざした。
 するとどうしたことか、傷口がみるみる内に塞がってしまった。

「ハァ……ハァ……止まった……?」

 ぬらりひょんは何が起こったのか全く分からない様子で女性に更に近づいた。

「おまえ……何だ……?」

 すると、二人の時間を邪魔するかの如く、廊下から品のかけらもない走ってくる音が近づいてきた。

「姫君! ごぶじですか!?」

 声が聞こえるとぬらりひょんは女性から離れ、縁側へ立った。

「"ぬらりひょん" 人はワシをそう呼ぶ……あんたおもしろいな、また来るぞ」

 なぜだか分からないが女性はぬらりひょんに目を奪われていた。月夜を背景に微笑しながら夜の京へ消えて行った。




それからも数日の間、詩翠達は奴良組の中でお世話になっていた。そしてある日、ぬらりひょんが人間の女性を連れて来た。それを隣の部屋から詩翠が覗いていた。

「!? そん……な」

 何かに驚愕し、すぐさま戸を閉め、与えられた一室に駆け込んだ。

「詩翠様、入ってもよろしいですか?」

 隣の部屋の騒がしくも楽しそうな声とは別に自分に向けられた言葉を詩翠は拾った。聞き慣れた声……蓮だ。

「ん。いいよ」

「失礼します」

 丁寧な言葉遣いと、頭を下げながら蓮が入ってきた。

「なに?」

「ご出発のご予定をお聞きしたく」

「明後日には出ようと思ってるよ」

「……さようですか……」

「まだ何か聞きたいこと、あるの?」

「あ、いえ。先程詩翠様が悲しげな表情でお部屋に戻られるのをお見かけしたものですから」

「あ、そのことか……。大丈夫だよ、蓮達に心配されるようなことじゃないから」

 優しい言葉の裏に蓮は気付いた。これ以上追求はするな、と。気になってしょうがない気持ちを押さえ込み、蓮は、

「承知しました……。では本日もごゆるりとお休みください」

 一礼して部屋から出て行った。自分から求めてはいけない。主が求めることだけをする。蓮の忠誠心だった。



 ────それから二日目の夜のこと。
 詩翠は期日通り、ぬらりひょんに全て打ち明け、宮崎に戻ろうと思い、ぬらりひょんの帰りを宿で待っていた。
 すると、いつもは分からないのに今日はぬらりひょんが帰って来たとすぐに分かった。
 彼が顕著に妖気を放っていたからだった。
 すると間もなく柵越しに牛鬼とぬらりひょんの会話が聞こえてきた。

「────」

「────」

「大阪城へ向かう、お前はついてこんでいいぞ」

「お……大阪城だと!?」

(大阪城……?)

「バカな……大阪城に巣喰う"奴"を知らぬわけではないでしょう! 羽衣狐は……普通の妖じゃかなわない!!」

 牛鬼の声に焦りと恐れが混じっている。

(羽衣狐……母様から聞いたことがある。何でもすごく古い妖怪だとか……)

「やめろ……まだその時期ではない!! 力をもっとためるんだ……魑魅魍魎の主となるのなら!!」

「だまれ牛鬼」

 ゾクッとした。声しか聞こえていないのに背筋が凍る様だった。

「羽衣狐が魑魅魍魎の主だってんなら────ワシが、魑魅魍魎(そいつ)の主を超えるまでよ!!」

 表情は見えないが、その声だけでハッキリと伝わってきた。ぬらりひょんの意志が……。
 その後すぐにぬらりひょんの気配が消えて行くのが分かった。牛鬼が慌てて宿に入り、皆に説明している。多分助けに行くのだろう。すると烏鴉狗が部屋に入ってきた。

「我々は今から大阪城へ向かう。お前はどうする?」

 鴉天狗が入ってくる前にちゃんと笠を被っていたので素顔はバレずにすんだ。

「そうだな……何やら立て込んでるようだから私達は今を持って旅を再開させていただくよ。世話になった、他のモノ達にもそう伝えておいてくれ」

「……最後まで素顔を見せないか。まぁいいだろう皆には伝えておく。ではな」

 怪訝そうな顔をして鴉天狗や宿にいた妖怪達は全員出ていってしまった。
 鴉天狗が出ていくと次はタイミングを見計らった様に蓮、黒、咲が入ってきた。

「詩翠様……」

 蓮が口を開くと詩翠はそれを遮り、話し出した。

「まだ皆には言ってなかったね。私の旅の理由……」

 いきなり初めて明かされる理由に最初は三人共驚いていたが、すぐに真剣な表情に変わった。

「私は母様の遺言で父を探していた。顔も知らないし会ったこともない。言われたのは江戸に行きなさいということと、名前が、『ぬらりひょん』だってこと」

「「「!?」」」

 さすがに驚いた。しかし、詩翠は更に言葉を続けた。

「京都で会えたのは驚いたけど、すぐに自分の正体を言わなかったのは、ぬらりひょんを少し観察したかったからなんだ……結果は納得した。母様が愛する人は何か惹きつけるモノがある。だから今から私は大阪城に行く。足手まといになるかも知れないけど、ぬらりひょんの力になりたいから……!」

 それは安易に何が言いたいのか三人にも良く伝わった。私は行くけど貴方達はこれからどうするか好きにしなさい……と。しかし、誰もが既に……いや、あるいは詩翠と出会ったときに決めていたのかもしれない。

「付いて行きます」
「俺は詩翠様の力になるけどね」
「助けるんでしょ? なら早く行きましょう」

 何を今更。とでも言いたげな雰囲気を醸し出しながら三人の妖怪は息ピッタリで答えていた。
 詩翠は嬉しそうに笑い、三人の妖怪を引き連れ、大阪城へと急いだ。

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