ぬらりひょんの孫 半血の継承者

□第1幕
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 ────現在から遡ること約500年程前、九州。
 その小さな村では妖怪の親子二人が人に受け入れられ、密かに共存していた。子は村の子供達とも仲良くなっていた。

「ねぇねぇ! 次は何して遊ぶ?」

 長く美しい黒髪にいくつかメッシュの様な白髪が入った髪を持った少女の女の子が5人の子供達の中心となって場を盛り上げていた。
 どこからどう見ても人間にしか見えない。ただ、頭に生えている小さな二つの角を除けば、だが。
 しかし、遊びたい盛りの子供達の心とは裏腹に空はもう茜色に染まりつつあった。

「なぁ詩翠(しすい)、今日はもう遅いから明日にしようぜ」

 詩翠と呼ばれた妖怪の女の子の言葉をやんわりと否定する少年は、この村の村長の孫である。

「そう? まぁ喜平がそう言うなら……」

 喜平と呼ばれた少年の提案を受け、詩翠は年相応の反応を見せた。こうして見ると妖怪であることを忘れてしまいそうになるほどの少女の初々しさが伝わって来る。

「じゃあ俺達先に帰るねー」
「お腹すいた〜」

 各々家路につき、村から少し離れた平野から帰って行った。

「皆帰るの早ぇな。詩翠、送ってくよ」

 喜平は他の子達の背中を見て、次に詩翠の方を振り返った。

「へ? い、いいよ! 一人で帰れるから!」

 頬を朱に染めながら両手を前に出し、ブンブンと横に降る。その頬を染める朱色は夕焼け空の影響なのかは定かではないが。

「馬鹿。こんな時間に女の子一人で帰らせる訳にいかねぇだろ」

「お、女の子って言っても私妖怪だよ? 喜平よりも強いんだから大丈夫だよ」

「んー……」

 少し考えるように喜平は右の人差し指で自分の頭を掻いた。そして閃いたかのように顔を上げ、詩翠の綺麗な黄色い双眸を喜平の瞳が捕らえた。

「じゃあ山の麓まで送ってく。それでいいだろ?」

「そこまでして私を送ってくれなくても……まぁいいや。じゃあお願いするね」

「任せろ! 猪とかが出ても俺が守ってやるからよ!」

 そう言うと半ば強引に詩翠の手をとり、満面の笑みを浮かべて喜平は山の麓を目指し、着いて帰るときは手を振りながら「また明日な!」と元気に走って行った。

 人里離れた山奥に小さな小屋があった。詩翠はいつものように扉を開け、「ただいま」と一言言った。見た目も中もボロいが、決して住めないという訳でもない様な小屋の中から咳込む女性の声がする。

「ゴホッ! ……ゲホッ!」

 体調を崩しただけでは到底出ない心配させるような咳。布団に横になりながら美しく長い黒髪の女性は苦しそうな表情を浮かべながら帰ってきた娘……詩翠に「おかえり」と一言言うが、またすぐに咳込んでしまう。
 詩翠は慌てて女性に近付き、そのか細く今にも折れてしまいそうな痩せすぎた腕を掴む。今にも泣き出しそうな娘に優しく微笑みかけながら女性は言った。

「大丈夫……何も心配はいらないわ……」

 詩翠の目から大粒の涙がこぼれる。それが嘘だと分かっているからだ。枕元の布団に染みている血の跡が更に明確にさせた。しかし、詩翠は目の前の布団に横たわっている女性を安心させようと流れた涙を拭い、必死に笑顔を作りながら答えた。

「うん。母様(ははさま)は大丈夫。私のことは心配しないで。私も……大丈……夫、だか、ら……」

 だが、作った偽りの表情は言葉を最後まで言えずに詩翠の意志を裏切り、また涙が頬を伝う。次は一粒ではなく、ダムが決壊したように溢れ出してきた。もう自分では制御が出来なかった。ただただ自然の摂理に従うように目から出るしょっぱい水は、詩翠の母の布団をみるみる内に濡らしていく。
 母はそんな娘の頭を撫で、秘密にしていたことを娘に語りだした。

「あなたのお父様……私の愛したたった一人の人はね、凄い妖怪なの。あなたはあの人が私達を捨てたと思ってるかも知れないけど、違うの。私が、付いていくのを拒んだのよ。だから恨まないであげてね。……私はもう長くな……」

「そんなこと聞きたくないよ!」

 詩翠は母の言葉を遮った。それを母の口から言わせてしまえば、母が遠くへ行ってしまう様な気がしたからだ。

「聞きたくない! 聞きたくない! ずっと一緒に暮らそう? 母様は強いんでしょ? こんな病に負けるはずないよ!」

「聞いて、詩翠。お父様の所に……行きなさい。私が愛した……あなたの、お父……さま、の……所、に……名前、は……『ぬらりひょん』……」

 それだけを言い残し、母、『翡翠』は、娘、『詩翠』を残し、この世を去った。それから三日三晩、山に泣き声が響き渡ったという……。



 ────それから四日目の朝。
 小屋から出てきた詩翠の顔は酷いものであった。しかし、その瞳には何かを決心したような意志があった。
 山を下りた詩翠は遊び慣れた村に顔をだした。三日間顔をだしていなかったため、村人がぞろぞろと詩翠に集まってきた。

「詩翠!」

 真っ先に名前を呼びながら近づいてきたのは喜平だった。いかにも心配していたという表情で。

「喜平、皆さん、私の母、翡翠は三日前の夜に容態が急変し、亡くなりました。私は母の遺言に従い父を探しに行きます。今まで良くしてくださってありがとうございました」

 ぺこり、と詩翠は頭を下げ、淡々と語った。村の人々は呆然としていたが、構わず詩翠は踵を返し、山へ帰ろうとしたが、

「そんな今生の別れみたいな言葉を言いにきたのか?」

 喜平が詩翠の腕を掴んでいた。

「だって……何年、何十年かかるか分かんないんだよ? 私の寿命は長いけど、人間は私達妖怪からするとやっぱり……短いよ」

 それを聞いた喜平が詩翠の腕を引っ張り自分の方へ向かせ、肩を掴んだ。

「俺はいつでも待ってるから! 絶対帰って来いよ!!」

 限界だった。もう三日の間に一生分の涙を流し、枯れきっていたと思っていたのに、また涙が溢れ出した。

「ホントに……おじいちゃんになっちゃうかも知れないよ?」

「構わない。お前が帰って来てくれるなら俺は100年だって生きてやる!」

「うん……うん! 絶対、父に母様の死を告げたら帰ってくる」

 そして今度こそ詩翠は山へ戻った。
 小屋に戻ると詩翠は翡翠の遺体を運び出すと小屋の裏に穴を掘り、遺体を土葬し、住み慣れたこの地……宮崎を後にして、詩翠は江戸を目指した……。母の遺品の身の丈ほどある先端の周囲にトゲのついたこん棒を持って。





 九州を超えて、本州に上陸した詩翠。笠を被り、マントの様な布も羽織り、なるべく目立たない様に山道を通る。日差しを気にしての笠ではなく、はたまたファッションとしても被っている訳でもない。
 理由は彼女の頭から生えている小さな角が原因だった。彼女の妖怪の分類は"鬼"である。
 ただ単に名前に"鬼"が入っている訳でも無く、純粋な"鬼"の末裔である。
 その角だけでも目立つのに、彼女の持つその白髪混じりの黒髪の長髪と、端麗な容姿が更に彼女を目立たせた(自覚は無いが)。
 だから彼女は人里や村、整った道を避けて通るしかなかった。
 しかし、いくら山道と言っても人がいない訳ではない。そう今まさに詩翠の目の前に現れた賊の者とか……。

「よぉ若ぇの。お前の持ってる物全部いただくぜ?」

 あっという間に周りを囲まれ、リーダー格の男が一歩前に出て威圧するような表情で語りかけてきた。

「……」

「おいおい。コイツ黙っちゃったぜ? 怖いのか? ん? さっさと荷物置いて行きゃあ良いんだよ。そしたら命だけは助けてやらんでもないぜ?」

「どいてくれないか? そしたら命だけは助けてやらんでもないぞ?」

「……あぁ? おい若ぇの。馬鹿言っちゃあいけねぇ。この状況が分かってんのか?」

 詩翠の反応にリーダー格の男は少し苛立ったようだ。他の囲んでいる者達も詩翠を睨む者もいれば、笑っている奴もいる。

「あぁ、分かっている。お前達が束になっても私の足元にも及ばんことぐらいな」

「言ってくれるじゃあねぇか……! 野郎共! 構わねぇ! 殺せ!」

 男の怒号と同時に周りの賊達は一斉に詩翠に飛び掛かる……はずだった。

「馬鹿はそっちだ」

 ボソッと一言呟き、背中に担いでいるこん棒を掴み勢い良く地面に叩きつけると、そこから波紋の様に振動が流れ、賊達はその威力のあまりに尻餅をついていた。

「もう一度言うが、通してはくれないか?」

 詩翠はもう片方の手で笠を少し上げ、男をその黄色い瞳で刺すような視線で睨みつけた。
 男は言葉を上手く発することが出来ず、コクコクとブルブル震える頭を縦に振るしか出来なかった。
 すると詩翠は男に微笑みかけ、

「ありがとう」

 と一言言って、東の方角へと消えて行った……。

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