彼と彼女の1ヶ月

□序章
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クロックフォード家はデルフィニアの上流貴族のひとつだ。どちらかといえば中級寄りの立場にある家柄だが、歴史ある由緒正しい血筋である。
当主を筆頭とし一族は皆おおらかな人柄で、下々の者にも分け隔てなく接すると評判も良い。それなりに有名で、人望のある家だ。
その当主――つまりは直系の血を引く男。彼が最近、とある重大な悩みを抱えていると巷で噂になっている。
街や屋敷、城で見かける彼の顔は普段ならばにこにこと朗らかに綻んでいるのだが、それがここ数日、とんと見られないという話が民や女中、そして女官の間で密やかに広まっているのだ。
どこか遠い目をし、ふとした瞬間に重いため息をつくことが多い

「……と耳にしましたが、何かございましたの、お父様」

真面目な顔でじっと見つめられ、話題の人物であるクロックフォード家当主カルロス・クロックフォードは自らの額を手で抑えた。
彼と対面しているのは、一人の少女である。
歳は20もいっていないだろう。淡い色をした緩やかな金髪をきれいにまとめ上げ、装飾の控えめなドレスを身に纏っている。ほっそりとした体つきで、カルロスによく似た目をしている。
彼女の名はシルヴィア・クロックフォード。カルロスの娘である。
娘の真摯な眼差しに負けたかのように、カルロスは背を正した。

「……シルヴィア」
「はい」
「今年でいくつになるんだったかな」
「19ですが……?」

それは何の関係が、と言いたげな彼女を制し彼は周囲へ注意を向けさせた。
今、二人がいるのはとあるパーティ会場である。
広間の中心では、煌びやかな婦人達が誘われるままに手を引かれて踊っている。
そこで壁の花を決め込んでいる父に、シルヴィアが耳にした噂を持ってきたという訳である。
シルヴィア様のお父様、やっぱりお元気ないわね
噂の通り、何か思いつめてらっしゃるのかしら?
懇意にしている貴族の娘たちにそう言われれば、気にならないはずがない。
しかし娘の自分が言われるまで気付かないとは何たる失態か―――。
自責と心配の意と共に父の元に戻ったシルヴィアだったが、当の本人は難しい顔をしている。

「お前の縁談のことなんだがね、」
「?はい」
「なかなかいい相手が見つからなくてね……」
「……まさかそれでずっと」

噂になるほど重く悩んでいらしたのですかお父様――とは言えず、シルヴィアは微妙な表情で口を噤む。
確かに19となれば結婚適齢期だが、彼女はそれほど乗り気ではなかった。
というのも、彼女には兄と姉がそれぞれ二人おり、その全員が既に結婚している。
別段焦って結婚する必要もなく、父が周りに心配されるほど深く思いつめる理由もないはずだ。

「……お父様、」
「やあやあやあ!こんな隅にいたのかカルロス!先日の件は考えてくれたかな?」

何かを言いかけたシルヴィアの言葉を、誰かが突然遮った。
それに少し驚いて反射的に父の方へ動いた彼女は、背後から近付いてきた人物の身体に押しのけられ、よろめいた。
その一瞬間、僅かにカルロスの眉が顰められた。

「――――――?」

朗らかな人物である父が眉を顰める光景を初めて目にし、シルヴィアはその目を丸くした。
が、驚いている暇もないままに何者かに肩を支えられる。
父ではない。
横から急に伸びてきた、誰かの腕に。
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