桜ノ少女

□第16話
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「……祥」

様子を見に来た麗夜は、部屋の中の光景を見て怒りに震えた。

「んー?なに?」
「コロス」

大切な大切な大切な妹の自由を奪い、何やら怪しげな事をしようとしている野郎が一匹―――。
ずかずかと部屋に入り、むんずとその襟を掴む。

「僕が貰っていいって話だったじゃない」
「俺は許可していない」
「お父さんかよ。僕の将来のお嫁さんがお姫様かぁ…。うん、絵的に映えるし断然OK。…でも麗夜が義兄さん?うわぁ…鬼姑みたいになりそブッ!!」
「悠南、コイツに何か怪しい動きがあったら容赦無く殴れ」

赤くなったり青くなったりしている悠南を見下ろし、床に投げ出された祥を踏み付ける。
カエルが潰れたような声が聞こえたが、無視した。

「あ、の…貰っていいって…」
「…僕が、お姫様を…嫁にグェッ!」
「この変態と結婚させるという話があったんだが、俺は承諾していない」
「…私も辞退したいです」

困ったように言った悠南に、祥が「なんで!」と食いついた。

「想い人でもいるの!?」

途端に悠南は赤くなり、その兄は白くなった。
吹けば灰になって飛んでいきそうな悪友を見て、祥はドン引きした。

コイツこんなにシスコンだったのか――。

態度で一目瞭然だが、悠南はまだ返事をしていないのにこの有り様である。
確かに彼は、悠南が春雨へ帰ると宣言した時に、上と掛け合っていた。
全く話は通らず、最後は麗夜が一人怒り狂っていたが。
長年離れていたというのに、たった一人の家族に並ならぬ情を持っているようだ。
命令に従うしかなかった麗夜の苦渋に満ちた表情を、祥はよく覚えている。

『妹は春雨にしか居場所はないと言っていた。無理にここへ連れて来て、従うと思うか』
『その時は洗脳し従わせれば良いだけのこと。…何をそんなに怒っている?妹を刺した時点で、もう引き返せない場所まで来てしまっているのは承知の上の事だろう』

あの時は、どうせ逆らうこともできないのに何を噛み付いているのかと思ったが――。

(そもそも上も、麗夜が絶対に逆らえないと分かっているから全く相手にせずに流している。…軽く見られたもんだな)


✱✱✱


一方、頬を染めた悠南はというと、悲壮な顔で微動だにしない麗夜にビビっていた。

(な、なんでこんなにショック受けてるのこの人…。というか話が上手く進みすぎて怖い)

警戒心が強そうだと思って泣き落としを仕掛けてみたが、予想以上の反応である。
相手は怪しんでいる様子もなく、至って普通の反応。
というよりも、悠南の事を完全に身内として見ている為に無条件に鵜呑みにしているように見える。
身内でも殺す夜兎とは、正反対だ。

祥はここでの地位は高いが、麗夜はそれほどでもないようだ。
そして、絶対に上の命令には逆らえない。
それが、数の少ない陽桜族が策を廻らし作った掟だと、夢の中で祥が言っていた。
“お姫様も、掟でもあるんだよ”とも。詳細は分からないが、しばらくすれば嫌でも痛感するとのことだ。

「…想い人……想い人……………想い、人…………………」
「うわぁ麗夜が壊れた」

聞こえてきた声に思考を中断させて麗夜を見ると、彼は機械のようにずっと同じ言葉を繰り返していた。

「…それで、3日以内に起こすという“3日”は、何の期限なのですか」

廃人のような彼のことは放置することに決め、悠南は未だに床に転がって呻いている祥の方へ視線を移した。

「あぁ、それはね…。ちょっとした不具合だよ」
「不具合?」
「うん」

よっこらせ、と声に出して祥が起き上がる。
よろよろと悠南の寝台に腰掛け、顔をのぞき込んできた。
手を挙げ、彼が指さしたのは、腹。
他でもない、今放心状態の麗夜に刺された箇所だ。

「君が刺されたのは、力を開放するためだ。だけどなぜか、1ヶ月待っても異能は現れなかった」
「あの短剣…、特別なものだったんですか」
「特別なんてものじゃない。僕たち陽桜族にとって命よりも大事なものだ。適合者がそれを使って傷をつけると、血が反応する。それで異能が使えるようになるんだよ。…まぁ、詳しいことは後から説明があるよ」

狐のように笑い、祥は突っ立っている麗夜の向こう脛を蹴り飛ばした。
バランスを崩して倒れた彼を見て、また笑う。

「で、お姫様」
「やめませんかその呼び方。気持ち悪い」
「じゃあ君も敬語をやめてよ。最初はタメ口だったのに、何?忘れてたキャラ設定思い出して慌てて取り繕ってるの?可愛いなぁ」
「私の敬語は癖です!頭撫でんな」
「まあまあ。で、3日以内っていうのはね。ここのお偉いさんができるだけ早く面会したいから、唯一君を起こせる僕の出せる力の限界ギリギリ期間」

つまり、この青年が全力で異能を使わなければ悠南は3日で起きれなかったということであった。

「異能の力は凄まじい。君のは特にね。最初からコントロールできる奴なんかいないらしいから、力の片鱗が現れ次第、君はどのみちあのチンピラ警察から離れていただろうね」
「……なるほど」

どちらにせよ、彼らの中で悠南の拉致と陽桜族入りは決定事項だったのだ。
それが、悠南にとって未知の異能からの“救い”か、はたまた“強制連行”かの違いだけで。
どうやら自分は、本当に面倒なことの渦中にいるらしいと今さらながら悠南は実感した。
小さく嘆息し、ぼうっと虚空を見上げる。鮮やかな模様の連なる天井が目について、なんとなく眺めた。

(…異能、術、まやかし。素質、特別な短剣。陽桜族は皆、顔立ちが整っている。怪力、食欲は夜兎よりも下。戦闘力は夜兎と同等―――)

ぐるぐる考え始めた頭を振り、思考を追い払った。
起きたばかりの頭で考えても、何も分からないだろう。
そもそも悠南は頭で何か考えるよりも、戦闘に身を任せている方が得意である。人心の掌握や潜入術や策の立て方など一通りは迅や黎雅に叩き込まれて根付いているが、本能と欲望に忠実になっている時の方がよっぽど楽しい。

「面会は今夜9時。それまではゆっくりご飯食べて休んでおいて」

そう言い残し、祥はふらふらと部屋を出ていった。未だ放心状態で倒れている麗夜の左足を掴んで引き摺りながら。
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