桜ノ少女

□第10話
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一日で退院した悠南を迎えていたのは、過保護の三文字だった。
少し外へ出ただけでも沖田がついて来たり、厠へ行くだけでも沖田にどこへ行くのかと聞かれたり――

「……沖田さんばっかり………?」

沖田がいない時は近藤か土方がいるのだが。
完全に監視されている状態だ。
悠南を春雨と疑っている神楽たちが、いつ彼らにそれを言うかも分からない。
このままでは、春雨に連絡を取るのもままならないだろう。
それに、自分を刺したあの青年のこともある。
何のために刺したのか。とどめを刺さなかったのはなぜなのか。

「謎が多すぎる……」
「何の謎でィ?」

思わず漏らした呟きに思いがけず返答があり、悠南はぎょっとした。

「沖田さん……」
「あんたは無防備すぎでさァ」

突如そう言われ、悠南は瞬いた。

「無防備……?」
「人の気配には敏感。だが……」
視界一杯に、沖田の顔が映し出される。
悠南が寄り掛かっている壁に、両腕を着いているせいだった。

「――こういう雰囲気には、疎い」

悠南の後頭部に手を伸ばし、髪紐を解く。はらりと揺れて背に流れ落ちた髪を、沖田は撫でるように触れた。

剣を握る者の手が、頬を撫で、触れた。

沖田の吐息が唇にかかる。
 
今にもそれが合わさりそうな状況でも、悠南は動じなかった。
ただ、いつものように淡く微笑していた。沖田の目を見つめたまま。

だが。

「待て待て待て待て待て―――っ!」

ぴたり、と沖田の動きが止まった。
同時に、悠南が笑い出した。

「どうしました?副長さん」

くすくすと声を立てる悠南は本当におかしそうだった。

「隠れているつもりなら、気配を消さないといけませんよ?」

黒髪を背に追いやる少女を、土方は見下ろす。
「いつから気づいてた?」
「私が考え事をしている時からですね」
「最初ッからじゃねェか!」
「ストーカーか。気持ち悪ィな土方コノヤロー」
「入ろうとしたらテメエがちょっかいかけたんだァァァ!」

喧嘩になりそうな二人をなだめ、悠南は沖田の手から髪紐をするりと抜き取った。

「それで、何かご用ですか?」

土方は悠南の前に座り、おもむろに口を開いた。

「夜兎には、苗字があるか?」
「……………」
「ないとしたら、お前のその名は、偽名ということになる」
「……………」
「百合という名前も、地球のもののはずだ。お前の本当の名は、何だ?」

悠南は、真っ直ぐ土方を見た。淡く微笑し、少し首を傾げる。

その仕種になぜか引き付けられ、二人は固まったように悠南を見つめた。

「そんなことを知って、どうするんですか?」

綺麗なアイスブルーの瞳。
気怠げに小首を傾げ、微笑んでいる。

「私は夜兎です。あなたたちとは根本的なところから違う」
「そんなことは……」
「――戦闘は、好き?」

悠南はもう、笑っていなかった。

「血の匂いは、好き?人を倒す時の感覚は?それに酔うほど、溶け込んでしまうほど、好き?」

壁から背を離し、沖田と土方との距離を縮める。

「夜兎は危険。……神楽に聞いてみなさいな。吉原で何があったのか」

教えてくれるかどうかは、分からないけれどね……。
そう言い残し、立ち上がった悠南を、二人は追いかけられなかった。


二人を残し部屋を出た悠南は、死角になる所でずるずると座り込んだ。

「は……、何やってんの私………」

ただ自分と似た男と対峙しただけで、こんなにも動揺して。

――何をするか分からなかった。

本能が暴走しそうで、冷たく接した。名を教えたら、自分の中の何かが壊れそうで。

「あとで……謝らなきゃ」

もう、ここにはいられないとしても。



冬の夜、冷たい風が悠南の前髪を揺らしていた。
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