桜ノ少女

□第9話
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けたたましい音をたて、真選組の電話が鳴った。

「真選組だ」
『あー、多串君?実はさ、百合ちゃんが――』

一番聞きたくなかった野郎の声が受話器から流れ、即座に切りかけた土方だったが、それは何とか踏み止まった。

「夏風がどうした」
『誰かに刺されて今病院』

一瞬で、土方の表情が変わった。彼の背後で何かを仕掛けようとしていた沖田もだ。

「どこの病院だ」
「傷はどのくらいですかィ!?」
土方から受話器を引ったくり、沖田が珍しく血の気の引いた顔で言う。

『大江戸病院。傷はまあ、浅くはない。命に別状はないってさ』

いきなり声が沖田に変わったことにさして驚きもせず、銀時は冷静に対処する。
受話器を土方に押し付け、駆け出した沖田の背を隊士たちが見送る。

「切るぞ。一応礼は言っておく」
『おー』

がちゃっと電話を戻し、土方は踵を返した。



「旦那!」
「お、来たか」

言われた病室の前まで行くと、万事屋の三人が待っていた。

「入るのはちょっと待て。話がある」
「何ですかィ?」

苛立ちながらも、沖田は銀時を見やる。
土方も彼を見た。

「百合ちゃんが夜兎っつー事は知ってるか?」
「……は?」

一瞬で固まった二人に肩をすくめる。

「知らねェのか。さっきさー、俺、傷は浅くはないって言ったよね?」
「……あァ」
「あれ、実は腹に刺さってた。内蔵に届くか届かないかくらいの深さで。でも、今はもう塞がってる。それにあの肌の白さだ」
「それで百合は夜兎ってことアル」

それまで俯いていた神楽が、顔を上げた。

「冬なら、夜兎は傘をささなくても長時間歩かなければ大丈夫ネ。天人は定職に就きにくいから、地球人って偽ったと思うアル」
「百合ちゃんが夜兎でも、今まで通りに雇い続けるってんなら、ここを通してもいいぜ」

沖田と土方は、同時に唇の端を吊り上げた。

「夜兎だから何だ?あいつは単なる女中だ」
「何も支障はありやせん」

即答した彼らに、神楽は少し瞳を揺らした。

「……分かったアル。入れヨ」

三人の横を通り過ぎ、沖田がドアに手をかける。

「入りやす」

ガラッと開け、踏み込む。
ベッドの上で上体を起こしている少女を、沖田は堪えきれず抱きしめた。

「……沖田、さん」
「……心配しやした」

悠南の瞳が揺れた。

会話は全て、聞こえていた。
夜兎とばれた時はもう駄目かと思ったが――

(……よかった)

二人は、否定しなかった。
夜兎を。そして、

……百合という、偽りの仮面を。

彼らが認めているのは、『悠南』ではない。『百合』なのだ。

『あまり深く関わってはいけないよ。潜入捜査で大事なのは、役作りだ。仮面と思えばいい。そこにいて、だれそれと話しているのは、自分じゃない。自分がつけた仮面だ。そうでもしないと、のめり込んでしまうからね』

彼に教えててもらった様々なこと。それが今、生かされている。

まるで、自分が死ぬのが分かってたように、悠南に知識を叩き込んで……

(…………え?)

そこで思考が止まった。

そう――、死ぬことが分かっていたから、自分の持つ知識を全て、悠南に託した。

(どうして?)

なぜ、そんな考えが、浮かんでくる?
全て、分かっていたかのように。

(私は、何も知らないのに……)

悠南は何も、知らない。でも、知っている。
――無意識のうちに。

はっきりと、それだけが分かった。

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