桜ノ少女

□第8話
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海も真っ青になるくらい青い空……などではなく、今にも雪が降りそうなどんよりとした天候の中、悠南はスーパーへ向かっていた。

夕飯の買い出しではない。では何かというと――

「マヨネーズ30本……!?」

同じ女中の人から渡されたメモを開いた悠南は、久しぶりに我が目を疑った。

「『重いから、隊士の誰かを呼び出して運ばせなさいね。何なら土方さんを呼び出したらいいわ』………。何に使うの、30本も………」

実はまだ土方スペシャルを見たことのない悠南は、戸惑いながらもマヨネーズの売り場に歩を進ませた、その時。

背後に怪しい気配を感じた。

「……真選組の者だな」

内心、舌打ちをしたい気分になった。
『悠南』ではなく、『百合』を――真選組の人間を狙っている。

攘夷志士だ。

春雨の人間として声をかけてきたのなら、人気のない場所で処理をすれば済む。だが、志士は仲間がいる可能性が高い。下手に応戦すれば、こちらも真選組にいられなくなるかもしれない。

志士が近づいてくる。カチャ、と音がして、刀が首筋に当てられた。

「大人しくしていれば、殺しはしない」
「……今は、という言葉がつくんじゃないの」

くすっと緊張感のかけらもなく笑うと、運の悪くもこちらへ来た店員が、刀を突き付けられている悠南を見て一瞬固まった。
そして。

「キャアアアアアア!!」

かん高い悲鳴が、店内に響き渡った。
すぐに騒ぎが起こるのを、男は笑って見ていたが、不意にこう言った。

「おい、お前。携帯は持ってるか」
「持ってるわよ」

人質という状態でも落ち着き払っている悠南を、男は目を細めて舐め回すような目つきで眺めた。

「貸せ。……それにしても結構な上玉だな。誰かの女か?」

顔をしかめたいのを堪え、悠南は数日前に近藤から渡された携帯を渡した。
男が電話をかけている間に、気配を探る。

(右上の商品棚の上に一人。その下に三人。向こうの通路に五人――)

先程悲鳴を上げた店員は逃げ、代わりに店長らしき人物がオロオロしている。

「……ああ、そうだ。黒い長い髪の若い女だ。返してほしければ――」

ブツッ
何とも非情な音に、男が絶句した。

「え?……ちょ、ええええっ!?何今の!現実逃避!?」
「誰にかけたの」
「土方十四郎だ!」
「ああ、徹夜で疲れてるんでしょうね」

多分、近藤にかけたらすぐさま来るだろう。なぜ先に局長ではなく副長にかけるのだろう。と思った矢先、男がイライラと言った。

「俺たちは土方に恨みがある。近藤じゃ意味がない」

苛立っているからか、力が刀に入った。
悠南の白い首に薄く血が滲む。だが、悠南は何ともないような顔でただ突っ立っていた。

「真選組にかけなさいよ。そうしたら副長さんに情報が行くわ」
「あの……っ、もうしました!」
気の弱そうな声を発したのは、店長(多分)だった。
「出たのは誰ですか?」
「え、えーっと……地味そうな声の人です!」

(……………………。地味そうな声って……)

哀れ山崎。
悠南は心の中で色々残念な山崎に同情の言葉を並べた。

「そうしたら……何と?」
「そ、その……すぐに行く、と………」
なら、もう少しで着くだろう。

だが、一つだけ不可解なことがあった。

「どうして店の一番奥に?」
「は?」

店の真ん中にいるのなら分かる。真選組を中に誘い込み、そのまま取り囲めるからだ。
だが、この男たちは店の最奥にいた。これでは外から襲撃されるリスクがあるし、逆に取り囲まれる。
そんなことを教えてやるほど悠南は親切ではないので、黙っていたが。

「どうせ外に出るんだから別にどこにいたっていいだろう」
「そう。………馬鹿なのね」

最後のは呟きである。
誰の影響か、悠南は虫も殺せないような顔をしながら、時々毒舌が見え隠れする。



真選組が来るまで、あと10分。
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