桜ノ少女
□第8話
1ページ/3ページ
海も真っ青になるくらい青い空……などではなく、今にも雪が降りそうなどんよりとした天候の中、悠南はスーパーへ向かっていた。
夕飯の買い出しではない。では何かというと――
「マヨネーズ30本……!?」
同じ女中の人から渡されたメモを開いた悠南は、久しぶりに我が目を疑った。
「『重いから、隊士の誰かを呼び出して運ばせなさいね。何なら土方さんを呼び出したらいいわ』………。何に使うの、30本も………」
実はまだ土方スペシャルを見たことのない悠南は、戸惑いながらもマヨネーズの売り場に歩を進ませた、その時。
背後に怪しい気配を感じた。
「……真選組の者だな」
内心、舌打ちをしたい気分になった。
『悠南』ではなく、『百合』を――真選組の人間を狙っている。
攘夷志士だ。
春雨の人間として声をかけてきたのなら、人気のない場所で処理をすれば済む。だが、志士は仲間がいる可能性が高い。下手に応戦すれば、こちらも真選組にいられなくなるかもしれない。
志士が近づいてくる。カチャ、と音がして、刀が首筋に当てられた。
「大人しくしていれば、殺しはしない」
「……今は、という言葉がつくんじゃないの」
くすっと緊張感のかけらもなく笑うと、運の悪くもこちらへ来た店員が、刀を突き付けられている悠南を見て一瞬固まった。
そして。
「キャアアアアアア!!」
かん高い悲鳴が、店内に響き渡った。
すぐに騒ぎが起こるのを、男は笑って見ていたが、不意にこう言った。
「おい、お前。携帯は持ってるか」
「持ってるわよ」
人質という状態でも落ち着き払っている悠南を、男は目を細めて舐め回すような目つきで眺めた。
「貸せ。……それにしても結構な上玉だな。誰かの女か?」
顔をしかめたいのを堪え、悠南は数日前に近藤から渡された携帯を渡した。
男が電話をかけている間に、気配を探る。
(右上の商品棚の上に一人。その下に三人。向こうの通路に五人――)
先程悲鳴を上げた店員は逃げ、代わりに店長らしき人物がオロオロしている。
「……ああ、そうだ。黒い長い髪の若い女だ。返してほしければ――」
ブツッ
何とも非情な音に、男が絶句した。
「え?……ちょ、ええええっ!?何今の!現実逃避!?」
「誰にかけたの」
「土方十四郎だ!」
「ああ、徹夜で疲れてるんでしょうね」
多分、近藤にかけたらすぐさま来るだろう。なぜ先に局長ではなく副長にかけるのだろう。と思った矢先、男がイライラと言った。
「俺たちは土方に恨みがある。近藤じゃ意味がない」
苛立っているからか、力が刀に入った。
悠南の白い首に薄く血が滲む。だが、悠南は何ともないような顔でただ突っ立っていた。
「真選組にかけなさいよ。そうしたら副長さんに情報が行くわ」
「あの……っ、もうしました!」
気の弱そうな声を発したのは、店長(多分)だった。
「出たのは誰ですか?」
「え、えーっと……地味そうな声の人です!」
(……………………。地味そうな声って……)
哀れ山崎。
悠南は心の中で色々残念な山崎に同情の言葉を並べた。
「そうしたら……何と?」
「そ、その……すぐに行く、と………」
なら、もう少しで着くだろう。
だが、一つだけ不可解なことがあった。
「どうして店の一番奥に?」
「は?」
店の真ん中にいるのなら分かる。真選組を中に誘い込み、そのまま取り囲めるからだ。
だが、この男たちは店の最奥にいた。これでは外から襲撃されるリスクがあるし、逆に取り囲まれる。
そんなことを教えてやるほど悠南は親切ではないので、黙っていたが。
「どうせ外に出るんだから別にどこにいたっていいだろう」
「そう。………馬鹿なのね」
最後のは呟きである。
誰の影響か、悠南は虫も殺せないような顔をしながら、時々毒舌が見え隠れする。
真選組が来るまで、あと10分。