桜ノ少女

□第6話
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7時前に沖田に連れられ、局長室に行くと、ゴリラがいた。

「……え?」
「え?」
「あ、すみません」

人語を話すし隊服着てるから、これが局長か。
一応は人のようだ。

「夏風百合です。よろしくお願いします」
「局長の近藤勲だ!よろしくな、百合ちゃん」

近藤が内心で初めてゴリラ呼ばわりされなかった!と感動していることは誰も知らない。

「じゃあ、広間に行こう。だいたいみんな揃ってると思うぞ!珍しいな」
「俺が言いやしたからねィ」
「……ちなみに何と?」

悠南は胡乱な目で沖田を見た。

「新しく入ってくる女中は俺のお」
「断じて違います」

言い切る前にズバッと否定し、悠南は珍しく眉間に青筋を浮かべた。

「タチの悪い冗談はやめて下さい」
「何でィ。あーゆーコトした仲だろィ」
「誤解を招く言い方もです。何がしたいんですか」

だが、悠南が訂正しようとするより早く、近藤が口を挟んだ。

「二人とも、ムラムラはいけません!」
「ほらぁあぁ!誤解してるじゃないですか!」

ほとんど投げやりで、悠南は頭を抱えた。

「近藤さん、何してんだ。全員もう揃ってるぞ」
「トシィィィ!聞いてくれ!二人が」
「違うって言ってるじゃないですか!」

眉をつり上げて言い返す悠南を少し意外そうに見て、土方は沖田を見た。

「総悟、今度は何やらかした」
「何も?」

飄々と答え、沖田は怒った顔の悠南を面白そうに眺めていた。

「……気に入ったのか」
「今までにないタイプですからねィ。好奇心が疼くんでさァ」

にやにやと笑っている青年の心情は、どれほど黒いのだろうと土方は思ってしまった。

「お前は本当にドSだな」
「それはどうも」

さらっと礼を言い、沖田はまた悠南に視線を戻す。
土方が何か言っているが、完璧に無視して悠南を見続けた。

――ただのうるさい女ではない。ただの、媚びを売ってくる女でも、素っ気ない女でもない。
どこか浮いていて、自分たちとは決定的な何かが違う、そこら辺にいる女とは比べられないほど、――世界が違っていた。

これほど近い距離にいるのに、どこか遠い存在だった。

「……変な女」

呟くと、らしくもなくて笑えてきた。
息をつき、一歩前に踏み出す。

「そろそろ時間ですぜィ。広間に行きやしょう」

少女の腕を掴む。
一つに結わえた黒髪がさらりと揺れ、整った顔がこちらに向いた。
澄んだアイスブルーの瞳に、沖田が――沖田だけが映っていた。

「……っ」

それだけのことに、ドクンと心臓がひとつ、音を立てた。
全くそれに気づかず、悠南は笑顔で頷
いた。

「そうですね。すみません」
「じゃあ行こう!」

うきうきと嬉しそうな近藤の後ろに、三人が続く。
廊下に出ると、ひゅうっと吹いた北風が窓を揺らした。

悠南はそれを一瞥し、目を前方に直して歩いていく。
まだ名と年齢しか知らない少女をなぜこれほどに目で追ってしまうのか、沖田は分からなかった。


背後から向けられる自分への視線を感じ、悠南は一瞬だけ瞳を曇らせた。

(疑われてる……?)

春雨の人間という、具体的なことではないにせよ、攘夷派の手先かもしれないという疑惑はかけられる可能性は十分にあった。
真選組は大きな組織だ。その分、内側から壊されていっても、気づきにくい。

(……それは春雨にも言えることだけど)

だが、二つの間には決定的に違うものがある。
春雨には、上に忠誠を誓っている者など、まず一人もいない。それに比べ、真選組は近藤を慕い、近藤について行っている。
どちらかというと壊されやすいのは春雨の方なのだが。

(まあ、やばくなったら逃げたらいいか)

地球人など何人いても、悠南の敵ではない。……例外は存在するが。

(でも、侍というものは本当に厄介だから)

気をつけた方が、いい。警戒はするだけしておいたら、その分後が楽になる。
考え事をしていると、いつの間にか広間についていた。




「……道覚えるの忘れてた……」
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