桜ノ少女
□第4話
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「では、行ってきますね。団長、阿伏兎さん」
船の前で別れの挨拶をすると、二人は何やら心配そうだった。
「気をつけろよ、嬢ちゃん」
「変な男について行ったら駄目だよ」
「……ついて行きませんよ」
自分は飴に釣られて怪しいおじさんについて行く子供か――と思った悠南だが、そこはスルーした。
「団長、くれぐれも大人しくしておいて下さいね。帰って来てさっそく始末書三昧生活は嫌ですよ」
にこやかに言われ、神威が黙り込む。
絶対無駄な忠告だ、と阿伏兎は内心泣いた。
「時間です。乗って下さい」
「はい」
悠南は船に乗り込むと、上司二人に頭を下げた。
「無事に帰ってきますから」
にっこりと笑うと、神威が手を振ってきた。
軽く振り返すと、軽く船が動いた。
「さて……目指すは侍の星」
悠南の赤い唇が弧を描く。
「……あの人が死んだ、星」
捨てられた自分を拾って春雨で育ててくれた、男。
悠南の命の恩人。
その人を殺した人物は、侍だったという。
「……私は弱い。大切なものが、いつだって守れない」
船が出発する。悠南は席に着き、ぼんやりと小さくなっていく神威を見つめた。
「あなたは強い。……でも」
戦いを望み、生きる夜兎。
「私は弱いのよ………」
親に捨てられるほどに。
悠南を乗せた船は、徐々に地球へと近づいて行っていた。
***
熱心に河原でミントンをしていた山崎は、向こうから土方が来るのを見てぎょっとした。
「ふっ……副長」
「山崎か」
冷や汗をだらだら流し、少しずつ後ろに下がっていく山崎を、土方は訝しげに見た。
そして、後ろに隠したラケットを見た瞬間――
「山崎ィィィィ!」
「ぎゃああああああ!!」
早朝。
山崎退、土方によりボコボコにされる。
そして、その二時間ほど後。
ぶらぶらと散歩をしていた山崎は、道の向こうから物凄い速さで迫ってくる人物を見て顔を引き締めた。
「桂ァァァァ!」
そしてその後ろに迫る、沖田――ではなく火を噴くバズーカ。
「今日俺厄日ィィィ!?」
昼。
山崎退、沖田の放ったバズーカにより吹っ飛ばされる。
「………………あれが真選組?」
桂を追いかけ回す青年を見て、悠南は顔を引き攣らせた。
「やってることが……春雨とあまり変わらないような」
船の中で着物に着替え、普段は下ろしている髪も結い上げた悠南は、手元にある資料に目線を落とした。
「あれが真選組一番隊隊長沖田総悟かしらね。十八歳……同い年か」
特徴が一致するので、多分合っているだろう。
真選組にはあらかじめ、女中として入れてくれるように頼んである。あとは行くだけだが……。
「大丈夫ですか?」
資料をしまい、一応バズーカによって吹き飛ばされた、可哀相な青年に声をかけておく。
地味な顔立ちからして、監察か。
「アフロになってますよ」
「だっ、大丈夫!慣れてるから」
アフロを指摘されたせいか、青年が赤くなる。
「君はその……大丈夫だった?」
「私は大丈夫ですけど……」
慣れてるって……。
苦労人・阿伏兎を思い出し、悠南は気の毒になった。
「真選組の方ですよね」
「えっ、あ、そうだけど」
「夏風百合と申します。女中として入らせていただきますので、よろしくお願いしますね」
用意していた偽名を名乗り軽く頭を下げると、慌てた声で「そんな丁寧に」と返された。
「俺は山崎退。敬語とかいらないからね、本当」
「いえ、そういう訳にもいきません」
やんわりと笑顔で拒む悠南に、山崎もそれ以上は言わなかった。
「道、分かる?俺散歩してただけだし、一緒に行こうか」
悠南は少し迷ったが、頼むことにした。
「じゃあ、お願いします」
屯所へと行く道すがら、山崎は悠南が退屈しないようにか、会話のネタを探しているようだった。
「え〜と、夏風さん」
言いにくそうに瞬きをする山崎に、悠南は笑顔で言った。
「百合でいいですよ」
「じゃあ、百合ちゃんでいいかな」
「いいですよ。好きな呼び方で」
「上京してきたのかい?」
「はい」
『夏風百合』は、地方から出稼ぎに江戸にきた少女だ。細々とした詳しいことは自分で考えろと言われたので、悠南は来る前にかなりの時間をかけて
『百合』を作り上げていた。
「父が倒れたので……」
「大変だね……。お父さんは大丈夫?」
「ただの過労ですから、大丈夫です。ありがとうございます、山崎さん」
これくらいのシナリオを考えておけば、真選組を去る時に理由ができる。
江戸に出稼ぎに出る人は多い。怪しまれるこ
とは、ほとんどないだろう。
「でも、なんで真選組を?」
「お給料がよかったからです」
「そ、そう。……でも、反対されなかった?」
「自分の身くらい自分で守れって逆に言われましたね」
山崎は沈黙して少女を見つめた。まさか――
(この子もしかして可愛い顔してすごい強いなんじゃ……)
お妙という例があるだけに、否定はできない。大人しそうに見えて、妙並みの狂暴さだったらどうしよう。
「い、一応聞くけど、百合ちゃんの実家は……」
「小さい道場です」
(姐さんだ。第二の姐さんだ!)
冷や汗をかきながら、山崎は話題を変えようと悠南から目を逸らした。その時。
「へ〜、山崎。サボったあげく女とデートかィ」
「沖田隊長!?」
屯所の門にもたれ、にやりと笑いながら立っている青年が一人。
「しかも結構な上玉だ。どこで引っ掛けられたんでィ?」
「そんな関係じゃないですよ!彼女は女中としてここにきたんです」