桜ノ少女

□第1話
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春雨第七師団――。
春雨の雷槍と恐れられる師団。
そこは最強で知られる団長・神威だけでなく、一人の夜兎族の少女がいることでも知られていた。


「悠南」
「はい?」

名を呼ばれ、悠南は振り返った。
その目に最初に映ったのは、ピョコピョコと動くアホ毛――。

「……さっき直したところですのに」

少女は不満げに唇を尖らせ、手を伸ばす。

「直さなくていいよ」
「私が直したいんです」

几帳面というわけでもないが、その一部だけ跳ねている髪はどうにも気になるらしい。
少女は三つ編みを解き、何度櫛で梳いても跳ねてくる髪を楽しんでいる。

「団長、しばらく留守にしますので」

そうしている間に突如、あっさりと放たれた発言に神威はしばらく沈黙した。
パチパチと瞬き、自分の髪をいじっている少女を見上げた。

「…………………は?」
「元老の命令です。ちょっと地球に行ってきますので、私がいなくても暴れすぎないで下さいね」
「……………………………。………………………」

『暴れないで』でなく、『暴れすぎないで』と言ったのは、彼女が神威の性格をしっかり理解しているからである。
長年の経験、と言ってもいいだろう。
一時的に使用不可に陥っている上司を見て、悠南はさらに追い撃ち(本人無意識)を掛けた。

「あと、間違っても俺も行くなんて言わないで下さいね」
「冗談じゃない。悠南の他に誰が俺の抱き枕になるんだよ」

言おうとしていたことを先回りされ、神威は内心舌打ちした。
そんな彼を見下ろし、いつからか毎晩毎晩抱き枕にされている悠南は、呆れ顔になった。

「私の存在意味は抱き枕ですか」
「パシリもね」

悠南はくすりと笑うと、アホ毛を(少々強引に)直した髪を元通りに編み始めた。

「その元気があれば大丈夫ですよ。行くと言っても三ヶ月だけですから」
「何しに行くの?」
「真選組に潜入捜査です」

神威はきょとんとなった。
次いでその眉が寄せられる。

「幕府じゃなくて?」
「ええ。何でも、真選組の仕組みを知りたいそうです。今回はそれほど大掛かりなものではないので、行くのは私一人らしいですね」

綺麗に整えた髪を満足げに見下ろし、悠南は壊さない程度に扉を蹴飛ばして入ってきた阿伏兎に視線を向けた。

「扉を蹴らないで下さい。そろそろ壊れます」
「両手塞がってんのにどうやって開けんだよ……」

乱暴かつ乱雑な男が集う第七師団の扉は、彼らによってボロボロになっている。
主に団長が起こした不始末の尻拭いの束を持っているせいで、開閉できないせいである。
阿伏兎が両手一杯に抱えているのは、やはり始末書の山だ。

「声をかけたらいいでしょう?」
「あ、そうか。でも面倒だしなァ」

納得した顔で、阿伏兎が机に始末書を置く。

「悠南、いつから行くの?」
「明後日です」

悠南は始末書を処理するために自らの机に向かい、神威の問いかけに顔も上げずに答えた。

「ん?どっか行くのか、嬢ちゃん」
「ちょっと三ヶ月ほど地球に。団長をよろしくお願いします」

一緒になって処理をしていた阿伏兎は、ガンッと頭を机に打ち付けた。

「三ヶ月……」
「阿伏兎、俺だって悠南がいないと困るんだけど。あとオッサンがしょげてる姿は最高に気持ち悪い」

ずどーんと落ち込んでいる阿伏兎は、気持ち悪いの一言にさらに撃沈した。
かと思えば、何かに憑かれたような声を発した。

「………嬢ちゃんがいないと、始末書が増える……………」
「これで少ないんですか?」

部屋中に積み重なっている始末書を見渡し、悠南はアイスブルーの瞳を丸くした。
そんな彼女を、阿伏兎は神か何かを見るような目で眺めた。

「……嬢ちゃんがいなかったら、これの倍以上だよ」
「それは知りませんでした。……お疲れ様です」

思わず言ってしまった悠南であった。
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