桜ノ少女

□過去編2
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目を覚ますと、そこは知らない場所だった。
真っ先に見えたのは、汚れた天井。そして、こちらを見下ろしている細身の男。

「お、もう目が覚めたか。早いな」

しわひとつない白衣を着たその男は、薄く微笑むと、悠南の額に掌を当てた。

「熱はないな。脈も異常なし。私は黎雅(れいが)」
「……悠南です」

ぼんやりとした目で黎雅を見る悠南は、不意に扉の方に視線を移した。

「……?」

黎雅が訝しげにその方向に目を向けると、数秒ほどでがちゃっと音を立て、扉が開いた。

「入るよ」
「それは扉を開ける前に言って下さい」

内心驚きながら、黎雅は上司に文句を言った。

「この子も性別は女なんですからね。分かってるんですか」
「分かってるよ。てか目、覚めたんだ」
「ええ。どこにも異常はありません。ということで、拾ったあんたがいろいろして決めて下さいよ」

男は肩をすくめると、悠南の枕元の椅子に座った。

「黎雅、仕事よろしく」
「……分かりましたよ。やればいいんでしょう」

嫌な顔をした黎雅が出て行くと、男は悠南と視線を合わせた。

「俺は迅。夜兎の星で倒れてた君を拾った。ちなみにここは春雨だ。分かる?」

――春雨。宇宙海賊。
麻薬の密売や幾多の星を滅ぼしてきた組織。
ぼうっとした頭に、それだけが受かんだ。

『いい、悠南。春雨だけには正体を知られてはだめ。私たちは特別なものを持っているから、それを知られたら奴らは必ず手を出すわ。何としてでも、手に入れようとするでしょう』

母の声が、混濁とした意識に響いた。

「……宇宙………海賊……」
「そ。俺たちはその医療班。君は夜兎かな?」
「……はい」
『私たちは夜兎よ。ただ、夜兎とは少し違った部分があるだけ』

意識もはっきりと定まっていない少女に、迅は僅かに眉をひそめた。

(間違いなく陽桜族だ。だが、これだけ無意識に近い状態で夜兎と言うなら……)

“目的を達成させるためには、どんな手も使う”
自分たちは夜兎なのだと、まだ幼く何も分からぬ娘に、教えたのなら。

子供は、それを信じるしかない。

『目的』というのが、部族を守ることだとしたら。

「……俺も母親が夜兎だよ」

唇の片端を吊り上げて笑ってみせると、悠南は微かに瞳を揺らした。

「今日はもう寝るといい。呼べば俺と黎雅のどちらかは必ずすぐに来るから」
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