氷帝学園相談係

□第3雑務
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「もしもし、あのね、今日ご飯いらない。……うん。多分遅くなる」

結局会長はあっさりと仕事を終わらせ、私はタダ飯をかっ食らうことになった。

場所は彼の家である。

宍戸に引きずられる形でリムジンにぽいっと放り込まれる。
かなり乱雑な扱いだったが、座席が予想以上にやわらかく、痛いどころか体が跳ねた。
ふかふかだ。

ぼふぼふ叩いたり飛び跳ねたりしていると、宍戸に頭を掴まれた。
痛い。

「いたたたたたたたた」
「後ろがつかえるだろうが」
「痛い痛い痛い君たち自分が超人テニスしてるって自覚ないでしょ握力どれだけすごいか分かってるいたいいたい」

ギリギリみしみしと普段しないような音が聞こえる。

頭が潰される!私の頭が!

ばたばたと暴れると、ぱっと手が離れた。
重力に身を投じて倒れる。
あ、魂魄ぬける……。

「オイ宍戸。コイツは大事な働き手だ。頭と手はやめろ」
「なに言ってんのそれ以外もダメ!」

がばっと起き上がり、抗議する。
普段女の子に向かってメス猫とか格好つけている割には私に対する扱いがものすごく雑だ。
むくれて座席の端に寄ると、次に乗り込んできたのは忍足だった。

「…………」

途端に黙り込んだ私を、ドヤ顔の跡部が前の席から見下ろしてくる。
怪しい目つきで足を見てくる変態から出来る限り距離を置く。

無駄な抵抗だってわかってる…!


最後に日吉が乗り込み、リムジンはゆるやかに走り出した。

「うぅぅぅ……。宍戸のせいで頭痛い」
「俺が撫でたるわ」
「いらない」

自然と寄ってきた手を避け、さらに窓側へ詰める。
キッと威嚇すると、忍足は渋々その手を引っ込めた。
全く油断ならない男だ。

「……そういえば食事会ってどこでするんですか?」

どんどん街中を離れていくのを疑問に思ったのだろう、鳳が声を上げた。
目だけで後輩を見遣り、跡部が答える。

「うわ、車がどんどん高級住宅街に入ってく……」

分かっていたことだが、驚いて声を漏らす。
すると他のメンバーも一斉に外を見た。

リムジンが通る広い道路の両側には、屋敷と呼べる規模の家がずらりと並んでいる。
ごく一般家庭の私にとってはまるで別世界である。

地面を滑るようにリムジンが走る。

やがて、ひときわ目立つ家(?)の前で停車すると、外からドアが開かれた。

忍足からできる限り離れようとドア側へ寄りか
かってた私は――


「……っう、わ」
「あ」

頭から地面に激突する、とぎゅっと目を閉じた。
一瞬の浮遊感の後、誰かの腕が体を支えた。
それと同時に、忍足の手が足を掴んだ。

「……痴漢ーっ!!」

ぞわっと体中に鳥肌が立った。
バタバタ足を振り、忍足を蹴り飛ばす。
だが、全く効果がない。革靴なのだが。

「忍足、手を離せ。彩乃も暴れるんじゃねえ」

少し距離のあいた方向から、跡部の声が聞こえてくる。
それによって足から手が離れた。
落ちかけた私を支え、暴れてもびくともしなかった腕が、そっと背を押す。
身体が起き上がると、同じ手がすっと差し伸べられた。

「どうぞ。足元が少々不安定ですので」

やや低めの声が、心地よく耳に響く。
ありがたく手を借りて顔を上げると、その人物と目が合った。

「ありがとう、お姉さん。とても助かったよ」

私を支え、降ろしてくれたのはメイド服を着た一人のお姉さんだった。
微笑んで会釈を返した彼女の膝元は茶色く汚れている。

「よごれちゃってる……。ごめんね、私のせいで」

私の身長は平均以下だが、それでも小型犬や猫を抱くのとは訳が違う。
犬や猫の何倍も体重があるのだ。
男ならともかく、普通の女の人がに勢いよく落ちてきた人をびくともせずに支えられるはずがない。
だから膝をついて、自らの体を安定させたらしい。
服が汚れるのも厭わずに。

「お気になさらないで下さい。大丈夫ですから」

優しい声音になだめられた。

「ほんとに?クリーニング代とか出すよ。……お小遣いもらってるけど、最近休日返上で引き籠って仕事してるから使う機会ないし」

貯金は貯まる一方なのである。
時々自棄になって弟とゲームをしてストレスを発散しているけれど、全部弟の持っているやつだ。
私の財布には全く響かない。
ちなみにゲームは得意だ。対戦相手をほしがった弟のために上達してやったのだ。
感謝してもらいたい。ふふん。

もちろん、仕事というのは生徒会の仕事である。
今の時期――春は、なにかと忙しい。

「気にするな、彩乃。誰も咎めやしねえよ」
「……分かった」
「お前を助けたのに、お前から謝られるのは筋違いってもんだろ、アーン?」
「……ん」

納得はしなかったが、頷いておく。
今度お菓子でも持って来よう。

懲りずに近付いてきた忍足の脛を思い切り蹴り飛ばし、メイドさんの案内で屋敷の中に誘われた。
背後で悲鳴が上がったが、気にしない。

「お姉さん、名前は?私は切原彩乃」
「石田香織と申します。切原様は、生徒会の方なのですよね」
「うん、そうだよ。みんなの相談係ー」

大変そうですね、と眉を下げた香織が家(?)の扉を開ける。
重そうなそれを難無く開けているのを見るに、見た目よりも力があるらしい。

「やっぱええ足やなあ……」
「忍足。一週間彩乃の半径2メートル以内に近付くのを禁止する」
「ええええええええ!!そりゃないで跡部ぇ……」
「1年でもいいよ、会長」
「一生にするか」

背後の会話に口を挟めば、面白いほど忍足が反応した。
「酷いわ二人とも!!」と嘆き、近くにいた日吉に泣きつく。
そんな彼を鬱陶しそうに一瞥する後輩である。

「暑いです、忍足さん」
「日吉が冷たい!」
「……これが関西人かぁ…。なんかすごいね」

関西は一度行ってみたいとは思うが、なかなか時間が取れない。
テニス部の大会が終われば私も楽になるのだけれど、まだ3ヶ月も先のことだ。

「こちらで少々お待ちください。すぐにお料理をお持ち致します」

案内された部屋には、長いテーブルに立派な椅子が並べられていた。
天井には豪華なシャンデリアがあり、煌びやかだ。
およそ庶民には普通縁遠いものである。


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