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□おれが見えますか
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地上へでて、長い長い赤い廊下を進んでいく。
裸足の不知火と革靴の足音が異様に響くこの場所で、空気が軋むような、そんな感覚が前方から押し寄せた。

開いた窓から入る風がくせっ毛をなぞる。

「どこへ行く気だ?」

ほくそ笑むその顔は酷く嬉しそうな顔をしていた。

「おまえには関係ない。七松」

見向きもせずに通り抜けた不知火。
冷たく言い放たれても怯む様子など皆無。


寧ろ七松の圧に潰されそうになっている鉢屋がいる。
竦む足を引き摺りながら七松の横を通り過ぎる。

「私のことは名前で呼んでよ。前みたいに小平太ってさ…」

変わらぬ笑みをそこに貼り付けて青髪を舐めるように見ていた。
背後から視線を感じた不知火は溜息を零し、「くたばれ」とだけ呟き進んで行った。

その場に残された七松は恍惚とした顔のまま赤の奥の奥へとある黒に消えていくのを見ていた。

黒に消えた不知火達を銃を持った兵が追いかけに走って行く。

「蒼空……━━━━」

七松の言葉は雑踏に踏み消された。
そして、3階へと上がり、幹部の集まる部屋の扉の奥に微笑みを浮かべながら消えていった。




「鉢屋、」

「なんでしょう」

長い長い一直線がもうじきで終わる頃になって、足音が妙に大きくなってきたらしい。

「走るぞ」

その小さな号令を告げた途端、裸足が素早く動き出す。
人一人抱えて走るには早すぎる速度だ。
手ぶらの鉢屋でさえも少し距離が開いてしまう。

細い足からこんな強靭な力が発揮できると誰が予想しただろうか。

曲がり角を見つけ、速度が緩んだ鉢屋だが不知火の速度が低下しない。
このまま壁を破るつもりか。
追っても鉢屋も皆思った。

不知火はまっすぐ走り、そして少し飛び上がり壁へと足をめり込ませ、軌道を変え、角を曲がっていった。
壁から姿を消した直後にガラスが割れる音が響き、草を踏む音が小さくなっていく。
必死で青い影を追いながら鉢屋は息が切れるぎりぎりで憎らしい程大きな門を潜り、帝都の地を抜け出した。


庭園を走り去る姿を窓から眺めていた幹部。
「逃げる姿も愛おしい」と言う七松に「気味が悪い」と黒髪の中在家。
「どうしようもない」と呆れる善法寺に「同意する」と短い髪の食満。
黙る立花に、

「…化け物め」

氷柱のように尖った言葉を庭園に無い姿へと刺し、窓から離れた。


「文次郎、今度蒼空に会ったら殺さないでね。私のだから」

七松の顔は以前として不知火と会った時と同じままだ。

「今回の目的は葛城澪だ」

潮江の言葉をきいても、それがどうしたとでも言うような表情をしていた。

「……従う気は、ないんだな」

食満留三郎の言葉に「私は蒼空にしか興味がない」と返してしまう七松だ。その場にいた全員が溜息を零したであろう。

七松小平太はずば抜けた身体能力の持ち主で最も怪物に近い人間だ。
そして自他共に認める、不知火蒼空への愛。
それは偏愛であり狂愛でもある。
一般の人間はここまで歪んだ愛はないと生き字引の中在家長次が過ぎし日に言っていた。

「蒼空はすごく可愛いんだ。皆知らないだろうけど、彼女枝毛ないんだ。すごいだろ?」

「あぁ…すごいな…」

熱血漢の食満の熱も冷めるほど、七松の愛は歪みに歪んで形と言う形になっていない。

「……小平太、一度不知火から離れろ」

「やだ」

中在家の言葉も切り捨て、また、七松の目が腐る。

「私が今まで蒼空を考えなかった日はない。それが突然なくなったら、私本当に死んでしまう」

長いこと付き合いがある中在家もおてあげの様子だった。

「小平太の不知火離れは一生懸かっても治りはしないな。とりあえず、ここで一つ提案がある。」

「…言ってみろ」

立花の提案とやらはこういうことだ。

「あんまりにも言葉が難しいからあれだったんだけど、つまり

今回はわざわざ町へ行かないで、ここで不知火が来るのを待てと。
鉢屋も付いてくるだろうから、鉢屋に葛城の場所を吐かせて葛城をここに招く、ってことであってる?」

「私の説明が伝わっていないとでも言うような言い草だな…伊作…」

「いや…仙蔵が説明するときって物凄く複雑な言い方したり、難しい単語使ったりするだろう?
僕も今回理解するの大変だったから」

苦笑いの善法寺。
確かにわかっていないのは

「……あ、なるほど。ここに居ればいいわけか」

食満留三郎だ。

「小平太はー……まるで聞いてないや…」

七松の状況と言えば、空の庭園をうっとりとした表情で眺めるのみ。

「聞く耳を持たぬのなら仕方あるまい。

仙蔵の言った通りだ。我々はここから動かない。
が、いつでも殺せる仕度はしておけ。
化け物はどこで何をしているかわからないからな」

潮江の指示は一斉に帝都中へと響き、各々行動に移す。

あの日の地獄絵図の真ん中に居た化け物が敵となって戻ってくる。
強者を相手にするだけでも血が煮え滾るような興奮を得る愚図共が帝都にはわんさかといる。

『おい聞いたか!不知火蒼空を殺すいい機会がきたぞ!』
『血祭りにあげてやれ!肉はひき千切れ!』


そんな叫びを気にも留めず、七松はただ一人窓の外を見ていた。

「今日は満月だ…。蒼空の、大きな瞳みたいで…すごく綺麗な月…」

その表情は恋に溺れた乙女のようで、ひたすら不知火の名を呼び続けていた。


帝都の屋敷に掲げられた日の丸の旗を、煌々と照らす。
その赤は太陽ではなく、血で濡れた拳。
強者と狂者は紙一重であることを、月は哀れむように見ていた。
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