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□脳へと滲む香り
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窓の外で囀る小鳥が、朝を告げた。
時刻は8時頃。
朝練は1時間程前に終了している時間。
朝礼も始まってしまった。

それなのに、部屋のベッドに埋もれ、夢現になっている女。

机に散らかった書類と、灰皿に溢れんばかりの吸殻がぐちゃぐちゃに入っていた。

主はめんどくさがりで、片付けは基本しない。
やれと言われてもいつか、と返して、した試しは一度もない。
しかし、信頼はされており

『やる気がないだけで、やろうとすればちゃんとこなす』

と言われている。
やる気がある時など極めて少なく、基本は怠惰で常に関係のないことを考えていることが多い。
そんな女の扱いは難しくて、兵長のリヴァイでさえも手こずったりしてしまう。
ようするにクセが強いと言うことだ。



そんな女の部屋に一つノックの音が転がり込んだ。
部屋の主はふんわりとした布団に包まれ蓋をしたまま。

それが当たり前だと言う様に、扉を開け、部屋に入ってきた。

金髪で、大柄な少年、ライナー。

入った途端、鼻腔へ入り込む煙草臭さと、子供がおもちゃ箱をひっくり返したと同じぐらい散らかっていて顔を歪めると同時に溜息が溢れる。

ベッドで眠る白髪の女に近寄り、肩を揺すってみる。

「副兵長、起きてください。副兵長」

ライナーの低めの声が女の鼓膜を掠めた。
小さく唸り、黄緑色の瞳がライナーを見る。

「・・・副兵長、早くしないと兵長に怒られますよ」

「まだ平気だって・・・」

「もう10分遅刻してます。副兵長」
「あと5分」

そう言ってまた蓋をした。

それから何度も起こしてみようと試みるが、起きなかった。

西洋の人形のような綺麗で白い頬を撫でてみる。

びくともしない。

まだ寝顔を見ていたい誰かも居れば、朝礼に遅れると直々に兵長に言っていてもやはり怖い誰かも居る。
そして何よりも、色の違う双の瞳が、この姿を捉えているところを見たかった。

「・・・イヴァさん」

ライナーより10ほど年が上だと言うのにその肌の美しさを保てている不思議。
口から零された女の名は静かに落ちる。

「・・・起きてくださいよ、お姉さん」

いつもより寂しげな声をあげる。
頬を滑っていた手は、額へと上がり、前髪を掻き上げて口付けをした。
ちゅ、とリップ音を立てて名残惜しそうに離れていく唇。
元の位置へ戻ったころ、やっと蓋が開いて、ライナーと視線が交じる。

「・・・はよ」

「おはようございます、イヴァさん」

「洒落てんな」

葡萄のような濃い紫と、蛍光色のように光る黄緑が細く歪む。
寝起き独特の掠れた声にどきりと胸が跳ねた。

「そう簡単には起きないのがイヴァさんですからね」

「褒めて頂いて光栄だ」

「褒めてないです」

はは、と笑って上半身を持ち上げる。
少し寝癖の付いた白髪がなんとも可愛らしい。
大きく伸びをしてベッドから怠そうに降りた。

「はぁ〜あ、朝礼めんどくせぇなぁ・・・」

「もう15分近く遅刻してます」

「・・・いつもより早ぇ・・・!」

真顔で時計を見ているイヴァが言い放った。
遅刻魔は、最低でも1時間は余裕で遅刻しているそうだ。

「あー・・・もー・・・着替えるのめんどくさい。寝癖直すのめんどくさいー」

「イヴァさん、朝礼にはでてくださいよ」

「えー・・・イヴァさん寝坊って言っとけよー・・・」

「ダメです。ほら、座ってください」

机の中に入れず、投げ出された椅子にドス、と座り、大あくびを一つ。
そんなイヴァを見て、小さく笑いながら白髪に手をかける。
さらり、と指を抜けていく白髪に櫛を通し、梳かす。
女性に似合う、少し甘い香りがふわりと広がる。


視界に入った銀色に反射する灰皿に目をやり、
「イヴァさん、もう1箱吸い終わったんですか?」と呆れながら聞く姿は、夫の肺を心配する妻のようにも見えなくもない。

「終わっちまったよ。よくわかったな」

書類に埋もれたライターを取り出し、蓋を開けたり閉めたりしている。
恐らく顔は笑っているのだろう。

「はぁ、とりあえず吸いすぎはよくないので。
寝癖直りましたよ。」

「おう、さんきゅ」

椅子からスッと飛び降り、雑に脱がれた服を拾う。
裸足で怠そうにペタペタと引きずる姿。
首筋を掻く時に見せる細くなる目。

それは魅力的だ。
魅入ってしまうほどに。


「っ俺は廊下で待ってるんで」

はっと我に返ったライナーは、部屋から出て、どうにかしようと思った。

「おー」とだけ返すイヴァは既に脱ぎ始めており、ライナーは急いで部屋を出て廊下で酸素を取り込んでいた。


20分近く部屋に居ただけなのに、煙草臭くなってしまったような気がする。
これが大人の匂いか、と思いながら一人でその気になっていた。
ライナーは少しながらもイヴァに好意を抱いている。
彼女と同じ香りを漂わせているとこが何事にも代え難い、嬉しさを持つ。
ほくそ笑んだその瞬間に、扉が開いて怠そうに白髪が出てくる。

「悪ぃなー、煙草見つかんなくて」

「ほどほどにって、言ったばっかりですよ」

内心では、やめなくていい。なんて思う誰かも居る。

「まぁまぁ、喫煙は癖だと思えって」

「癖って・・・」

そう言って、ポケットから新品の煙草を取り出し、紫煙を燻らす。

「ふぅ・・・。あ゛ー朝礼めんどくせえ」

「行きますよ、イヴァさん」

「あーあーはいはい」

やっとのこと、朝礼の場についたのは30分遅れだった。
リヴァイの炯炯とする視線にも「うぃーす」と軽く受け流すイヴァの肝は据わりに据わっていることだろう。

自分の位置に戻った後、
服に張り付いてしまった煙草の香りが妙に心地よくて。

染み付いた香りは、脳にまでも滲んできた。



脳へと滲む香り
(珍しく話聞いてなかったみたいだな)
(・・・すいません)

全部あなたのせいだなんて、いえやしない

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