リクエスト

□伝わらない
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暫く歩いてから、漸く総悟は口を開いた。

「土方さん、痛ェです」

少し力を弱める、離しはしない。
それをどう捉えたのだろうか、おずおずといったようにまた、総悟は言葉を紡ぐ。

「何で、怒ってるんですかィ?」

「万事屋と、もう会うな。」

「何で」

「アイツは昔、攘夷志士だったんだぞ」

「昔は昔でさァ」

「今だって、桂との関わりもあるだろ」

「でも…」

俺は総悟の方へ向き直る。彼は一度、深呼吸をした。

「旦那は悪い人じゃありやせん。それに、俺と旦那は恋人同士なんで、土方はとやかく言わないでくだせィ。」

総悟の瞳は真剣で、嘘をついているようには思えなかった。
それが余計に俺をイラつかせた。
本来、コイツの隣りは俺だけの物なのに。
要はもう、限界だ。

路地裏へと連れ込み、総悟の両側の壁に手をついた。

「何で、アイツなんだよ」

自分の声はひどく掠れていた。
彼はこちらをみようともしない。唯々、足元に視線を落とすだけだった。

こっちを見ろ、そんな意味を込めて俺は総悟の顎を掴み、すっと上に上げた。
漸く現状が飲み込めてきたのだろう。
顔をほんのり赤くし、視線を彷徨わせている。
しかしそこに恋慕の情は無い。
万事屋に見せたような、あの柔らかな笑みも、無い。

「俺が、ずっと守ってきたのに!」

総悟を邪な目で見る隊士から、万事屋から、なにより俺の欲から。
ノーマルであろう総悟の事を思って!
それでも、野郎と付き合うって事は、ノーマルでは無いのだろう。
だからもう、我慢はしない。

「ひ、土方さん…?落ち着いて、話しやしょう、ね?アンタらしくないですぜ」

そう震える声音で言う総悟を無視して顔を寄せる。彼がキツく目を閉じた、その時。


「はーい、そこまで〜」

何とも呑気な声だった。
それと同時に首元へ向けられる木刀の切っ先。
横目でみた奴は呑気な声とは裏腹に視線で人を殺すような、そんな目で俺を見た。

「旦那ァ!」

「おーおー、よしよし」

俺を渾身の力で押し退けた総悟が、万事屋の胸へ飛び込み、奴もそれを受け止め、頭を撫でた。
そんなラブシーンを見せられた俺は固まる他なかった。

「でも、どうしてここに?」

「いやー、多串君は思い詰めたような顔をしてるし?なーんか、ね」

「ふぅん」

「ま、愛の力ってやつでしょ!」

「ですかねィ…」

クスクスと笑い合う2人。直ぐにでも斬りかかりたかったが(万事屋に)一つ呼吸をして、治める。

「オイ」

そう吐き出した言葉は重く、2人のムードを壊すのは容易だった。
2人は体を離し、俺を見た。
すると、万事屋は頭を掻きつつ言った。

「今はさ、銀さんが沖田君と付き合ってんの。男の嫉妬は醜いよ?」

「コイツは俺が…」

「守ってきたんだろ?でも、告白はしなかったんだろ?なら仕方ないじゃん。てめェは今、沖田君にとって只の上司なんだしさ、」

「旦那!」

突如、悲鳴ともとれる総悟の叫び声が響いた。
万事屋が総悟へ顔を向けると、総悟は袖を摘まんで、何かを訴えていた。
その光景を見つつ、俺は奴の言葉を反芻していた。

ー只の、上司

名目上、そうなのだろう。
俺達が長い付き合いである事も、江戸のほんの一握りが知っているような物なのかもしれない。
なにかが変わったような気がした。具体的には表せないが、所謂目が覚めたってやつだ。

そして、目に入る光景に意識を戻すと、2人の間には甘いムードのかけらもなく、訴え、というより、哀願に近いように思えた。
先程までの2人を思い返す。
そうだ、あの時総悟は確かに幸せそうだった。俺が、幸せを奪ってしまう。

日頃、鬼だなんだと言われる俺だが、総悟にはかなり甘い。
惚れた欲目もあるのだほうが、それと同様に“幸せになってほしい”という親心にも似た感情があったからだろう。
総悟には、もう、幸せにしてくれる人がいる。
ならば、俺はー…

「なぁ、総悟。」

「…ヘィ」

「好きだ。弟とか、家族とか、そういう好きじゃなくて、“恋愛”の意味で。」

「でも、俺には…」

「あぁ、知ってる。今聞いたしな。」

黙って俯く総悟の側へ近づく。それに呼応するかのように万事屋は総悟から離れた。

「最後に1つ、頼みを聞いてくれないか」

「何ですかィ?」

「お前らの交際に口出しはしない、お前も変に気を使わなくていい。だから…最後に、キスをしてくれ。」

“いいですかィ?”と総悟は伺うように万事屋を見た。
万事屋は慈しむように総悟の髪をひと撫でし、「いっといで」と微笑んだ。


一つ風が吹き、日が完全に落ちる直前、触れ合った唇は甘くて苦い失恋の味がした。





fin.
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